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ごった煮
気が向いた時に更新する箸休め的SS放り込みBlog。 二次は腐ってたりアンチしてたりもするので注意されたし。
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2025/06/18 (Wed) 22:00
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2013/05/29 (Wed) 21:25
 メイベルは怒っていた。
 年の割に幼い顔の眉間に皺を寄せ、吊り目気味の目を益々吊り上げ、普段は青に近い紫の瞳を、怒りのあまり赤紫に近くしてしまうくらいに。

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「何よ、何よ、何よ……!」

 歩調に合わせ、右耳の上で一つに括られた、島では珍しい灰色の髪が跳ねる。
 ずんずんと地面憎しと言わんばかりにしっかり踏みしめて歩き、少女が暮らす小さな島の半分を占める、ローレルの森と呼ばれる森林のその奥へと進んでいく。
 小柄な少女の体躯では、どれほど力を入れて踏もうとも幾年月にも渡って踏み固められた地面には全くと言って良いほど影響など無いが、少なくとも多少は怒りが発散される。
 メイベルの怒っている理由は単純だった。幼い頃から約束を交していた筈の結婚相手が、少女が成人を迎える一六歳の誕生日であり、二人の挙式の日でもあるめでたい日を来週に控えた今になって、突然変わってしまったからだ。
 
「ふざけんじゃないわよ! 何が『息子が逃げたから、代わりに当主の後妻に』よ! タダでさえ気が進まない政略結婚を、それでも承諾したのは若くてカッコイイ相手だったからなのに! 五十近いオヤジが相手なんて、嫌に決まってるでしょうが!」

 薄暗い森の中、誰も聞く相手など居ないというのに、メイベルは思わず怒鳴るように叫んだ。
 
「何がローランス家よ、偉そうに!」

 怒りの衝動に任せ、傍に生えていた木をバシンと叩く。若干細身の木は根が浅いのか、思いのほかよく揺れてその葉をさざめかせた。葉っぱが数枚落ちる。
 
「ちょっと伯爵の身分を持ってて、島を領土にしてて、島への物資を独占的に扱ってて、島に対面したショボくて小さな港町を取り仕切ってる領主なだけで!」

 少女は痺れるような痛みを誤魔化すように叩いた手を振るい、やがてそのまま力なく手を下ろした。
 
「………断れないじゃないぃ……!」

 メイベルとて分かっているのだ。
 自分がこの縁談を拒めば、機嫌を損ねた貴族の言葉一つで、小さな島は食うにも困る生活をしなければならなくなるかもしれないのだと。
 そもそもローランス家はこのクレスト島を所有する家系で、そしてメイベルの家は彼の家の命で島に存在する小さな村を治める長の家系。つまりメイベルはローランス家を主人と仰ぐべき家の生まれなのである。そしてそうである以上、ローランス家の命令は絶対だった。
 しかし、頭では理解していても、嫌なものは嫌なのだ。
 去年貰った婚約者の姿絵を思い出す。
 メイベルの婚約者――今となっては元婚約者という扱いになるかもしれない――ユリウス・ローランスは、姿絵で見る限りは黒に近い濃い茶色の髪とそれより幾分か薄い茶色の瞳の、女性受けのする美形だった。
 姿絵である以上、現物はそれより幾らか割り引いた容貌である可能性もあるが、少なくともメイベルの家に飾ってある、同じ絵師が描いたあまり美形でない――あるいは美形でなくなった――父親の絵は、数年前に村に視察に来たローランス伯爵当人にとてもよく似ていたので、正確さにおいては多少期待できる。
 結婚相手が美形から白髪の混じった寡夫に変わるなど、夢と希望に溢れた未来ある年頃の乙女としては、断固として御免被りたい事態であった。
 メイベルはふと空を見上げる。
 木々の間から垣間見える空は、少女の心と裏腹に青く晴れ渡っていた。
 
(悲劇が起こるなら、もう少し悪い天気の日に起こるべきじゃない……?)

 少女にとっては、どちらかと言えば今日は良い日に分類される筈だったのだ。
 昨日は週に一度の定期船が本土から物資を運んで来る日で、島の商人が仕入れの為に港に集まる日でもあった。そして今日は逆に、島から運び出される品々が港に集められる日だった。村の住人も、仕入れた品の並んだ店へと向かい、また自分達の作った民芸品を売って貰う為に港へ向かう。
 つまり今日は、祭り等の特別な日以外では村が一番活気づく日でもある。
 メイベルもいつもの様にその雰囲気に心を弾ませながら、新しく入った品を見る為に馴染みの店の幾つかに顔を出し、少ない小遣いを遣り繰りして捻出したお金で島では見ない類の珍しい干菓子や飴を買って、同様の事をしてお菓子を買ってきた友人達と集まり、いつもの様に互いの菓子を分け合ってきゃあきゃあ言いながら食べるつもりだったのだ。
 だというのに、昼を過ぎた頃に領主の使いがわざわざ自前の船でもって、前述の用件を伝える為にやって来た。
 そのあまりにふざけた内容に、メイベルは思わず父の制止も聞かずに家を飛び出したのだった。
 暫くぼーっと空を見上げていたものの、頭上を横切る鳥の影を見てハッと我に返り、メイベルは再び森の奥へと歩き出す。
 
「十六歳の若き身空で、白髪の混じったオヤジと結婚なんて、絶対御免よ!」
「そりゃそうだろうね」
「年の近い相手だから、我慢できたのに!」
「その年の近い相手はどうしたんだい?」
「正式に結婚する直前の今になって、消息不明になったのよ……って、アンタ誰?」

 独り言へ相槌を打つ声に気付き、立ち止まって後ろを振り返ってみれば、そこにはメイベルと同じか少し上と思われる年頃の、金髪の青年が居た。
 
「ええと……、通りすがりの旅人。名前はヴェルナール……ヴェルンで良いよ」

 メイベルより頭二つ分は高い位置にある濃い金の頭を僅かに傾げて微笑み、茶色の瞳を煌めかせながら爽やかに自己紹介する青年。
 クレスト島には名を同じくする小さな村が一つ有るきりで、旅人とはいえ数日も滞在していれば一度はどこかで顔を合わせるものだが、ヴェルンと名乗る青年の顔に覚えは無い。ローランスの使いは家の所有する船でやって来たが、あれには一般人は乗船出来ないから、恐らく青年は昨日の船に乗って島にやって来たのだろう。
 そういえば、とメイベルは思い出す。隣に住む雑貨屋の奥さんが昨日の夕方におかずをお裾分けしに来てくれた時に、港で色男を見たとか言っていた。
 見れば、青年の顔の造作はそこそこ整っており、ハンサムと言っていい顔立ちだ。もしかすると彼の事だったのかもしれない。
 そうしてそのまま雑貨屋の奥さんが「多分メイベルちゃんの旦那になる人にも負けてないよ」と茶化した事まで思い出し、更に気分が悪くなった。
 
「あっそう」

 メイベルは青年の自己紹介をさっくりと流す。
 今のメイベルにとって彼の顔の美醜はあまり頓着するべきものでも無い。聞き慣れない、異国風の響きを持つ名前に少々青年の素性への興味を引かれないでもなかったが、生憎今はそんな暇も無かった。
 自分で誰だと聞いておきながら興味なさげな反応をする少女に、青年は苦笑いしつつ訊ねた。
 
「君はクレステル……だよね? 良ければキミの名前を教えて欲しいんだけど……」

 クレスト島の住民は、本土であるエスト島の民にクレステル≪クレスト島の民≫と呼ばれている。本土民の使う言語と比べて発音に独特の訛りがあるので何時からか区別してそう呼ばれるようになったらしいが、島に暮らすメイベル達には関係の無い話だ。どうせ大陸の人間は、こちらが向こうを大陸人とひと括りで呼ぶのと同じく、エスト島やその付属の小島の住民全てひっくるめてエスト島人として扱うのだから大した物でもない。
 
「……メイベル。メイベル・リーヴスよ。っていうかクレストに居る人間にクレステルかどうかなんて、聞くまでも無いでしょ?」
「まあそうなんだけど。でも珍しい髪の色だから、もしかしたら違うのかなぁ……と」
「……お婆ちゃんが、ヘスター人だったのよ」

 エスト島の北東部に存在するヘスター王国は、雪に覆われた山の多い国で、その国民の多くは肌も髪も非常に色素が薄い。メイベルの灰色の髪も紫の目も、祖母の血が濃く表れた結果だった。
 
「ああ……なるほど」

 納得した、と頷く青年を見て、メイベルは益々機嫌が悪くなる。
 好奇心に溢れた、物事をはっきり言う性格、と言えば聞こえは良いが、他人の身体的特徴をずけずけと突いてくるような失礼な人間はあまり好きではないし、そんな事を出会って間もない相手に話す事も同様だ。何事にも度合いや段階というものがある。
 
「髪紐や括り方で、クレステルだって分かるでしょ」

 クレスト島の民芸品でもある美しい模様の飾り紐を使い、髪を左右のどちらかに偏らせて纏めるのはクレステルの女性の特徴だ。
 
「ていうかあたし今、旅人には優しく出来ない気分だから、話し相手は村で探して頂戴」

 言いながら、メイベルは青年を置いて再び足を進めていく。
 生来の――どちらかというとお人好しであるだろうと自覚している――性分もあって受け答えしてしまったが、今は旅人と話している余裕など無い。ローランス家の使いが本土に帰るか、当主に考え直すよう進言してくれると確約してくれるまで、メイベルは身を隠すつもりだった。
 誰にも追って来れない『例の場所』に、出来るだけ早く行かなければならない。
 そんなメイベルの後を、何故か青年が追いかけて来た。
 
「…………何でついて来るのよ」

 歩みは止めぬまま、首だけ動かして青年を睨む少女に、青年はちょっと恥ずかしそうに告げる。
 
「いや、実はちょっと迷子になってたんだ。で、君の声が聞こえたものだから……」

 少女は小さく舌打ちした。怒りを発散する為の独り叫び……もとい独り言が青年を引き寄せたらしい。青年にとっては幸運だったのだろうが、メイベルにとっては不運であった。
 
「旅人なら、足元見たら分かるでしょ。葉っぱの軟らかい草や、背の高い草が生えてなくて、土が見えてる場所が道。それに沿って西か南に向かえば、村に着くから」
「あ、そうか」

 言われてヴェルンは今気づいたとばかりに地面を見て、そして再びメイベルに視線を戻して訊ねた。
 
「……で、旅人に『は』優しく出来ない気分、ってどうして?」

 歩みも止めない事からすると、どうやらまだメイベルについて来るつもりらしい。
 メイベルは青年に戻れと言おうとして、しかし今戻られても自分の居場所を教えるだけだと気づく。戻すよりはこのまま近くまで連れて行った方が、見つかるまで時間が稼げそうだと思い直した。
 
「……あたしの婚約者が旅に出たまま帰らない所為で、そいつの父親の後妻にされそうだからよ」

 今から行く場所にはどうせ『自分以外は居られない』が、道中の雑談相手にくらいはなるだろう、とも。
 そもそも少女も好奇心は強い方であり、旅人と言葉を交わす事も本当は嫌いではない。小さな村には宿は一軒しかなく、部屋も少ない。宿の部屋が足りない時には少女の家に泊まる者も居て、そんな時に泊まった人に島の外や道中の話を聞く事は、幼い頃からメイベルにとって楽しみの一つだったからだ。
 目的の場所まで行くとなると、普段人の通らない場所である以上、地面の獣道も殆ど消えてしまっているだろうが、自分が戻る時に連れて帰ってやればいいのだから構うまい。そもそも自分は戻り方をちゃんと教えたのだから、もし一人で戻ろうとして出来なくともそれは青年の自業自得だ。
 青年はそんなメイベルの意図に気づく様子も無く「な、なるほど……」と引きつった笑みを浮かべながら相槌を打った。
 暫く二人で歩いたところで、森が途切れる。と言っても開けた場所に出た訳ではない。そこから先は行き止まりの崖となっているのだ。
 ヴェルンが土の壁を見上げ、日の光に目を細める。その視線の先、周囲の木々程も高さのある崖の上には、二人の周囲と同様に青々と茂る木々があった。
 
「……十エトルくらいはありそうだね」
「大昔の地震で、地層がずれたんだって」
「もしかして、ここを登ったりするのかい?」

 成人男性五、六人分程の高さならば、傾斜が急であっても人によっては登れないことも無い。メイベルの森に慣れた様子や日に焼けた肌、活動的な服からしなやかに伸びる四肢を見て、出来るのかもしれないと思ったのだろう。
 しかし少女はそれを「まさか」と鼻で笑い、そのままきょろきょろと周囲を確認して、何かを探しながら岩壁に沿って歩いていく。
 明らかに目的を持って歩いていくその様子に、青年は普通ならもっと早く訊ねるだろう事を、今更ながらに訊ねた。
 
「どこに行くの?」

 その問いにメイベルはちらりと青年を見て、面倒そうに短く告げる。
 
「……この先にある洞窟よ」


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