2013/05/29 (Wed) 22:20
「えっと……ココ、どこ、なの?」
メイベルは先程の呟きを、改めて問いとして藁色の髪の少女に投げかける。
少女は怯えつつも、震える声でどうにか答えた。
「エ、エスタイル聖王国の首都にある、中央神殿です」
メイベルは先程の呟きを、改めて問いとして藁色の髪の少女に投げかける。
少女は怯えつつも、震える声でどうにか答えた。
「エ、エスタイル聖王国の首都にある、中央神殿です」
「エスタイル?」
聞き覚えの無い名前だった。少なくとも辺境の小さな島の民であるメイベルにとっては。だが言葉が通じているらしい事からすると、それほど遠くの国ではあるまいとメイベルは判断する。
「ここ、アンタの部屋?」
「は、はい」
「何でココに居るか、あたしには分からないんだけど……アンタ知ってる?」
メイベルはそう言って、そういえば、ともう一人の存在を思い出す。
目線を少し下げて見れば、そこにはぐったりと青年が倒れていた。気絶しているらしい。
「それは、恐らく――」
「ちょっとヴェルン、起きなさいよ」
少女の言葉を遮るように青年に呼びかけ、軽く揺する。
「う……」
青年は僅かに呻いた後、うっすらと瞼を開いた。
「こ、こは……?」
「エスタイルとか言う国の首都だって」
ゆっくりと起き上がる青年に、メイベルは簡潔に説明する。
「幾ら気分が悪かったって言っても、気絶してるなんてちょっと情けないんじゃない?」
からかい半分に言うメイベル。
ニヤニヤと笑う少女をヴェルンは軽く睨む。
「いや……周りの景色が変わった時にはまだ意識があったんだ。けれど、床に落ちた時に腹部に誰かさんの肘打ちが」
「……そりゃ悪かったわね」
メイベルは青年から気まずげに顔を逸らした。
青年はそんなメイベルの反応に苦笑しつつ軽く頭を振って目に掛かる髪を払い、そこで見知らぬ少女を視界の端に捉えた。
「……彼女は?」
「ああ、そういえばまだ名前を聞いてなかったわね」
二人の視線を受け、少女は少し気まずそうに自己紹介をする。
「――カレンと、申します。カレン・コーディ。この中央神殿で巫女見習いをしております」
「だって」
「そう、宜しく。ボクはヴェルナール……ヴェルナール・ラウレンスです」
「あ、あたしはメイベル・リーヴスよ」
簡単に自己紹介を済ませる。
「……で、何故ボクらはここに?」
その問いにメイベルは、自分も彼女に問いを投げていた事を思い出す。
「そうそう、それ。あたし達、何でいきなりこんなトコに居るわけ?」
青年はともかく、メイベルには気を失っていた覚えは無い。
目を瞑っていたとはいえ、青年が「景色が変わった時にはまだ意識が」と言っているからには、その時間は一瞬だった筈だ。
つまり、自分達は一瞬にしてどこか別の場所に移動したという事になる。
二人の問いにカレンは少し躊躇った後、恐る恐る、しかし何かを覚悟した様子で答えた。
「せ、精霊術の、誤発動ではないかと思います……!」
「……セイレイジュツ?」
「何よそれ?」
カレンが原因であるらしい事は何となく察したものの、聞き覚えの無い単語に二人は首を傾げる。
その反応に、カレンも訝しげに首を傾げ、眉を寄せた。
「この近隣ではごく一般的な、マナを秘めた石を使った技術なのですが……、ご存知、ありませんか?」
「全然知らないわ」
「っていうか『マナ』って何だい?」
ふるふると首を振るメイベルと、それに同意する青年。
二人が嘘を言っていないと判断したカレンは、数拍の沈黙の後、ゆっくりと溜め息を吐いて額を押さえた。
「……どうやら、お二人はかなり遠くから来たようですね……」
そうして、クシャリと乱れた敷物の上に座る二人を、とりあえず自分の寝台に座るよう促したのだった。
*
カレンの説明によると、このエスタイル聖王国を含む近隣諸国では、精霊石と呼ばれる特殊な力を持つ石を使った文明が発達しているのだという。
精霊石の持つ力は様々な属性を持つが、それらの力をマナと呼ぶとの事だった。
「千年の昔、後のエスタイル建国者であり、初代女王でもあられるマーヴェル様がその石の使い方を発見され、以後この地は精霊石を使った精霊術と、それを利用した道具の恩恵によって栄えて来ました」
部屋の端に置いてあった籠に掛けてあった布を外し、中から茶器を取り出しつつ話し出すカレン。その説明の中の単語が記憶に引っかかり、メイベルは視線をカレンに向けた。
「マーヴェル……そういえばアンタ、さっきあたしをそんな名前で呼ばなかったっけ?」
メイベルの問いに、カレンは水差しからポットに水を注ぎながら答えた。
「……伝承によれば、マーヴェル様は輝くような銀の髪を持っておられたそうなのです。先程私は祈祷をしていたところで、その最中に突然現れたあなたの髪が、光で銀に見えたもので」
「……まぁ、光に透かせば銀に見えない事も無いかもねぇ……」
呟いて、メイベルは自分の髪を一房摘んで持ち上げる。
くすんだ灰色の髪は、その自重でへたりと曲がった。
「その初代女王様とやらは、神様みたいな扱いなのかな?」
ヴェルンの推測を、カレンは頷いて肯定する。
「近いですね。マーヴェル様は未来を知る予知の力を持つばかりか、全ての属性の精霊石を自在に使いこなし、局所的ながら天候すらも一人で操ったそうで、在位当時も生き神や守護神として崇める者が多く居たそうです。現在でも、魂となったマーヴェル様が天からエスタイルを見守っていると信じられておりますし、私もそう信じる一人です」
「ふーん……」
祈りの最中に、初代女王と同じ銀の髪の女性が突然光と共に現れる。
そんな事が起これば、信心深い人間なら天への祈りが通じたと思っても不思議ではないだろう。残念ながら実際は灰髪の別人だったわけだが。
合点がいった、と納得し、メイベルは自分の灰色の髪をちらりと見て手櫛で軽く梳いた。
「マーヴェル様じゃなくて、残念だったわね」
あはは、と軽く笑うメイベルに、カレンは「そうですね……」と呟くように返す。その声音は少し暗く、よほど残念だったのだろうなとメイベルは被害者ながら少し同情した。
「それよりあの……、お二人とも、お身体に異常は無いですか?」
籠の隣に置かれていた小さな台にポットを置きつつ、カレンが訊ねた。
どういう仕組みなのか、あっという間にポットから湯気が上がる。二人はそれに少々驚きつつも、特に無いと告げる。
「そうですか……」
二人の返事にカレンは安堵の溜め息を吐きながらポットに茶色い粉を入れ、かき混ぜてからそれをカップに注いで二人に手渡す。
メイベルは少し躊躇いつつも、それを口にした。恐る恐る舌に乗せたそれは、普通にお茶の味がした。本島から偶に入ってくるそれと、殆ど同じ味だ。
そっとヴェルンを窺い見ると、彼もその味に驚いた様子である。
カレンは自身もカップを口に運びながら、二人がここに現れたのは、精霊術の一つである転移の術が発動した結果だろうと説明した。
「転移の術は被術者に非常に消耗を強いる術で、相性が悪いと酷く衰弱するそうなのです。そういう危険もあって、転移の術は禁術として使用が禁止されてしまったそうです」
「何でそんな術使ったのよ?」
メイベルの問いに、カレンは申し訳無さそうに首を横に振った。
「使おうとしたわけではありません。そもそも転移術は禁術であり、そうである以上、その術の存在はともかく、呪文や条件は勿論、必要な精霊石の種類も量も、私は知りませんでしたし、知ることも禁じられておりました。先程も言ったように、この事態は誤発動……つまり事故なのです」
「つまり、偶然知らない術を使う条件を揃えてしまい、偶然術が作動してしまった、……って事なのかな?」
「恐らくは」
「……なるほど」
「すごい偶然もあったもんねー」
メイベルとヴェルンはカレンの説明にひとまず納得する。だが言葉はともかく、その声音には疑いの色が混じっていた。
それがカレンにも分かるのだろう。泣きそうな声で詫びながら頭を下げる。
「禁術を使う事は犯罪ですから、勿論自首して罰は受けるつもりです。それでお二人の気が済むかどうかは分かりませんが……」
その様子に、メイベルとヴェルンは顔を見合わせた。
目の前の少女は、本当に反省しているように見える。人為的な事故に巻き込まれた事には腹が立つものの、申し訳ありません、と涙目で頭を下げられては、あまり強く詰る事も気が咎めた。
メイベルは重く長い溜め息を吐いて足を組み替え、最重要と言える事を訊ねる。
「……で、当然帰してくれるのよね?」
その問いにカレンは顔を上げ、こくりと頷く。
「勿論です。私の不始末ですから。……ですが、術自体の危険は勿論ですが、そもそもどうやってあなた方をここに召還したのか私にもよく分からないので、今すぐ一瞬で元の場所にというのは……」
「一瞬とか、それって精霊術とやらを使うって事でしょ?
さすがにもう一回危ない手段を使って帰ろうとは思わないわよ。帰る為の旅費を出してくれればそれで良いわ」
「ありがとうございます」
メイベルの言葉にホッと安堵の笑みを浮かべるカレン。
そんなカレンを前に、内心ではメイベルもこの事態に少しばかりの安堵と感謝を覚えていた。
非常識な事態が発生した事に驚きはしたが、ともあれこんな状況である。自分の結婚話の決着を思いっきり先延ばしに出来た事は間違いない。
領主の家に嫁ぐ娘が行方不明となればあちらの面子が潰れたりと色々問題が起こっているだろうが、ローランス領主は実のところそれなりに情の厚い人格者であり、結婚相手としては最悪であるものの、領主として人間として見た場合、中々の好人物なのだ。
少なくとも出入りの制限される小さな島で少女が行方不明となれば、自分のプライドよりも相手の心配をしてくれるだろう程度には。
気持ちの落ち着いた今になってよくよく考えれば、領主の後妻にという話もそれなりに考えた末の苦肉の策だったのかもしれない。
あっちはあっちで、間際になって息子が家出したというのは花嫁であるメイベルを拒否したも同然であり、メイベル側の面子どころか今後の嫁入り話を潰したと言える。
何故なら、メイベルは領主子息が見つからないか、あるいは見つかったとしても婚姻を拒まれた場合、婚約者が逃げる程の女という評判が今後ついて回るのだ。
年頃の女として、これほど酷い話はない。
それくらいなら、自分の後妻に迎え入れようと考えるのもひとつの解決法ではある。
メイベルとしては、せめて養女にする程度に留めて欲しかった所ではあるが。
とりあえず、帰ったらその件については領主様とよく話しあおう、とメイベルは決意した。
聞き覚えの無い名前だった。少なくとも辺境の小さな島の民であるメイベルにとっては。だが言葉が通じているらしい事からすると、それほど遠くの国ではあるまいとメイベルは判断する。
「ここ、アンタの部屋?」
「は、はい」
「何でココに居るか、あたしには分からないんだけど……アンタ知ってる?」
メイベルはそう言って、そういえば、ともう一人の存在を思い出す。
目線を少し下げて見れば、そこにはぐったりと青年が倒れていた。気絶しているらしい。
「それは、恐らく――」
「ちょっとヴェルン、起きなさいよ」
少女の言葉を遮るように青年に呼びかけ、軽く揺する。
「う……」
青年は僅かに呻いた後、うっすらと瞼を開いた。
「こ、こは……?」
「エスタイルとか言う国の首都だって」
ゆっくりと起き上がる青年に、メイベルは簡潔に説明する。
「幾ら気分が悪かったって言っても、気絶してるなんてちょっと情けないんじゃない?」
からかい半分に言うメイベル。
ニヤニヤと笑う少女をヴェルンは軽く睨む。
「いや……周りの景色が変わった時にはまだ意識があったんだ。けれど、床に落ちた時に腹部に誰かさんの肘打ちが」
「……そりゃ悪かったわね」
メイベルは青年から気まずげに顔を逸らした。
青年はそんなメイベルの反応に苦笑しつつ軽く頭を振って目に掛かる髪を払い、そこで見知らぬ少女を視界の端に捉えた。
「……彼女は?」
「ああ、そういえばまだ名前を聞いてなかったわね」
二人の視線を受け、少女は少し気まずそうに自己紹介をする。
「――カレンと、申します。カレン・コーディ。この中央神殿で巫女見習いをしております」
「だって」
「そう、宜しく。ボクはヴェルナール……ヴェルナール・ラウレンスです」
「あ、あたしはメイベル・リーヴスよ」
簡単に自己紹介を済ませる。
「……で、何故ボクらはここに?」
その問いにメイベルは、自分も彼女に問いを投げていた事を思い出す。
「そうそう、それ。あたし達、何でいきなりこんなトコに居るわけ?」
青年はともかく、メイベルには気を失っていた覚えは無い。
目を瞑っていたとはいえ、青年が「景色が変わった時にはまだ意識が」と言っているからには、その時間は一瞬だった筈だ。
つまり、自分達は一瞬にしてどこか別の場所に移動したという事になる。
二人の問いにカレンは少し躊躇った後、恐る恐る、しかし何かを覚悟した様子で答えた。
「せ、精霊術の、誤発動ではないかと思います……!」
「……セイレイジュツ?」
「何よそれ?」
カレンが原因であるらしい事は何となく察したものの、聞き覚えの無い単語に二人は首を傾げる。
その反応に、カレンも訝しげに首を傾げ、眉を寄せた。
「この近隣ではごく一般的な、マナを秘めた石を使った技術なのですが……、ご存知、ありませんか?」
「全然知らないわ」
「っていうか『マナ』って何だい?」
ふるふると首を振るメイベルと、それに同意する青年。
二人が嘘を言っていないと判断したカレンは、数拍の沈黙の後、ゆっくりと溜め息を吐いて額を押さえた。
「……どうやら、お二人はかなり遠くから来たようですね……」
そうして、クシャリと乱れた敷物の上に座る二人を、とりあえず自分の寝台に座るよう促したのだった。
*
カレンの説明によると、このエスタイル聖王国を含む近隣諸国では、精霊石と呼ばれる特殊な力を持つ石を使った文明が発達しているのだという。
精霊石の持つ力は様々な属性を持つが、それらの力をマナと呼ぶとの事だった。
「千年の昔、後のエスタイル建国者であり、初代女王でもあられるマーヴェル様がその石の使い方を発見され、以後この地は精霊石を使った精霊術と、それを利用した道具の恩恵によって栄えて来ました」
部屋の端に置いてあった籠に掛けてあった布を外し、中から茶器を取り出しつつ話し出すカレン。その説明の中の単語が記憶に引っかかり、メイベルは視線をカレンに向けた。
「マーヴェル……そういえばアンタ、さっきあたしをそんな名前で呼ばなかったっけ?」
メイベルの問いに、カレンは水差しからポットに水を注ぎながら答えた。
「……伝承によれば、マーヴェル様は輝くような銀の髪を持っておられたそうなのです。先程私は祈祷をしていたところで、その最中に突然現れたあなたの髪が、光で銀に見えたもので」
「……まぁ、光に透かせば銀に見えない事も無いかもねぇ……」
呟いて、メイベルは自分の髪を一房摘んで持ち上げる。
くすんだ灰色の髪は、その自重でへたりと曲がった。
「その初代女王様とやらは、神様みたいな扱いなのかな?」
ヴェルンの推測を、カレンは頷いて肯定する。
「近いですね。マーヴェル様は未来を知る予知の力を持つばかりか、全ての属性の精霊石を自在に使いこなし、局所的ながら天候すらも一人で操ったそうで、在位当時も生き神や守護神として崇める者が多く居たそうです。現在でも、魂となったマーヴェル様が天からエスタイルを見守っていると信じられておりますし、私もそう信じる一人です」
「ふーん……」
祈りの最中に、初代女王と同じ銀の髪の女性が突然光と共に現れる。
そんな事が起これば、信心深い人間なら天への祈りが通じたと思っても不思議ではないだろう。残念ながら実際は灰髪の別人だったわけだが。
合点がいった、と納得し、メイベルは自分の灰色の髪をちらりと見て手櫛で軽く梳いた。
「マーヴェル様じゃなくて、残念だったわね」
あはは、と軽く笑うメイベルに、カレンは「そうですね……」と呟くように返す。その声音は少し暗く、よほど残念だったのだろうなとメイベルは被害者ながら少し同情した。
「それよりあの……、お二人とも、お身体に異常は無いですか?」
籠の隣に置かれていた小さな台にポットを置きつつ、カレンが訊ねた。
どういう仕組みなのか、あっという間にポットから湯気が上がる。二人はそれに少々驚きつつも、特に無いと告げる。
「そうですか……」
二人の返事にカレンは安堵の溜め息を吐きながらポットに茶色い粉を入れ、かき混ぜてからそれをカップに注いで二人に手渡す。
メイベルは少し躊躇いつつも、それを口にした。恐る恐る舌に乗せたそれは、普通にお茶の味がした。本島から偶に入ってくるそれと、殆ど同じ味だ。
そっとヴェルンを窺い見ると、彼もその味に驚いた様子である。
カレンは自身もカップを口に運びながら、二人がここに現れたのは、精霊術の一つである転移の術が発動した結果だろうと説明した。
「転移の術は被術者に非常に消耗を強いる術で、相性が悪いと酷く衰弱するそうなのです。そういう危険もあって、転移の術は禁術として使用が禁止されてしまったそうです」
「何でそんな術使ったのよ?」
メイベルの問いに、カレンは申し訳無さそうに首を横に振った。
「使おうとしたわけではありません。そもそも転移術は禁術であり、そうである以上、その術の存在はともかく、呪文や条件は勿論、必要な精霊石の種類も量も、私は知りませんでしたし、知ることも禁じられておりました。先程も言ったように、この事態は誤発動……つまり事故なのです」
「つまり、偶然知らない術を使う条件を揃えてしまい、偶然術が作動してしまった、……って事なのかな?」
「恐らくは」
「……なるほど」
「すごい偶然もあったもんねー」
メイベルとヴェルンはカレンの説明にひとまず納得する。だが言葉はともかく、その声音には疑いの色が混じっていた。
それがカレンにも分かるのだろう。泣きそうな声で詫びながら頭を下げる。
「禁術を使う事は犯罪ですから、勿論自首して罰は受けるつもりです。それでお二人の気が済むかどうかは分かりませんが……」
その様子に、メイベルとヴェルンは顔を見合わせた。
目の前の少女は、本当に反省しているように見える。人為的な事故に巻き込まれた事には腹が立つものの、申し訳ありません、と涙目で頭を下げられては、あまり強く詰る事も気が咎めた。
メイベルは重く長い溜め息を吐いて足を組み替え、最重要と言える事を訊ねる。
「……で、当然帰してくれるのよね?」
その問いにカレンは顔を上げ、こくりと頷く。
「勿論です。私の不始末ですから。……ですが、術自体の危険は勿論ですが、そもそもどうやってあなた方をここに召還したのか私にもよく分からないので、今すぐ一瞬で元の場所にというのは……」
「一瞬とか、それって精霊術とやらを使うって事でしょ?
さすがにもう一回危ない手段を使って帰ろうとは思わないわよ。帰る為の旅費を出してくれればそれで良いわ」
「ありがとうございます」
メイベルの言葉にホッと安堵の笑みを浮かべるカレン。
そんなカレンを前に、内心ではメイベルもこの事態に少しばかりの安堵と感謝を覚えていた。
非常識な事態が発生した事に驚きはしたが、ともあれこんな状況である。自分の結婚話の決着を思いっきり先延ばしに出来た事は間違いない。
領主の家に嫁ぐ娘が行方不明となればあちらの面子が潰れたりと色々問題が起こっているだろうが、ローランス領主は実のところそれなりに情の厚い人格者であり、結婚相手としては最悪であるものの、領主として人間として見た場合、中々の好人物なのだ。
少なくとも出入りの制限される小さな島で少女が行方不明となれば、自分のプライドよりも相手の心配をしてくれるだろう程度には。
気持ちの落ち着いた今になってよくよく考えれば、領主の後妻にという話もそれなりに考えた末の苦肉の策だったのかもしれない。
あっちはあっちで、間際になって息子が家出したというのは花嫁であるメイベルを拒否したも同然であり、メイベル側の面子どころか今後の嫁入り話を潰したと言える。
何故なら、メイベルは領主子息が見つからないか、あるいは見つかったとしても婚姻を拒まれた場合、婚約者が逃げる程の女という評判が今後ついて回るのだ。
年頃の女として、これほど酷い話はない。
それくらいなら、自分の後妻に迎え入れようと考えるのもひとつの解決法ではある。
メイベルとしては、せめて養女にする程度に留めて欲しかった所ではあるが。
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斎里彩子
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