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ごった煮
気が向いた時に更新する箸休め的SS放り込みBlog。 二次は腐ってたりアンチしてたりもするので注意されたし。
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2025/06/18 (Wed) 21:26
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2013/05/29 (Wed) 21:43

 その割れ目を覗き込み、青年は「へぇ……」と小さく零した。

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 土壁の一部が崩れて開いたらしい、薄暗い穴。中を覗いてみると奥に向かって緩やかに傾斜しており、その先は闇に包まれて見えない。

「元は何かのガス溜まりか、あるいは水が閉じ込められてたんだと思う。それが地震で表に出てきて、長い時間の間に中身が無くなって空洞化したんじゃないかって話」

 メイベルがそう説明し、穴の端に積み上がった石を幾つか動かして、その下から小さな木箱を取り出す。カパリと開けられたその中に入っていたのは、湿気らないよう油紙に包まれたランプと火打石だ。

「……キミの?」
「まあね。時々来るのよ」

 少女は青年の問いに返事をしながら、カチッと火打石を鳴らした。上手い具合に火花が飛んで芯に火が移り、ランプが灯る。

「……さて」

 ランプを持って立ち上がり、メイベルが青年に向き直った。

「?」
「一応忠告として言うけど、アンタはココで待つか、村に戻りなさい」
「え、何でここまで来て」

 鍵の掛かってない宝箱を見せて、開けるなと言うようなものだ。渋い顔をするヴェルン。

「キミも居場所を知られると、まずいんじゃないの?」

 遠まわしに同行させるべきだと告げる青年に、メイベルはふんと鼻を鳴らして笑った。

「別に教えてもいいけど?」
「え?」
「ここ、村の人に『呪いの洞窟』って呼ばれてる場所なの。入ると体調を崩すから。人によっては、この辺に居るだけでも倒れたりするんだって。まあ、あたしはそんな事無いんだけどね」

 村の人間は近づかないので知られても問題は無い、もしやって来ても奥に居れば捕まらないのだと告げる。
 ヴェルンはメイベルのその説明に納得しつつも、あまり信じてはいないようだった。

「大丈夫な人と、無理な人が居るのかな?」
「そうみたい。昔、一緒にここに来た子が何人か居るけど、すぐに気分が悪くなった子も居れば、結構奥まで行けた子も居たから。出口近くまで戻れば具合が良くなったから、多分地下に行けば行く程、原因の何かが濃くなるんじゃないかしら」
「ふうん……」

 青年は少女の説明に曖昧に返事を返し、洞窟の中に入っていく。危険だと言っているにも関わらず入っていく青年に、さすがにメイベルも驚いた。

「ちょっ……!」
「どこまで入れるかな? 気分が悪くなったら助けてねー」

 そんな事を言い放って奥へと向かうヴェルン。
 余所者はこれだから。そんな事を思いながら、メイベルは溜息を一つ吐いて青年を追いかけた。

「……先に行くなら、ランプはアンタが持って頂戴。転んで怪我しても知らないわよ!」



 メイベルの心配を他所に、ヴェルンはずんずんと奥へと進んでいく。どうやら青年は幸運にも、この洞窟にかなりの耐性が有るらしかった。
 灯りを翳しながら、きょろきょろと周囲を見回す青年。

「所々で何か光ってるんだけど、これ、何?」
「……この島で採れる石。この洞窟は特に多く埋まってるらしいから、それがランプの光を反射してるんだと思う」
「宝石?」
「純度の高いのは結構綺麗だから、一応そう扱われるみたいだけど……」
「掘り出したりしないの?」
「……言っとくけど、あんまり高値にはならないわよ。薬剤でコーティングしないと真珠の何倍も早く劣化するし、雑に扱うとすぐに曇って砕けちゃうの。水に入れると溶けちゃったり、火を近づけると燃えちゃったりもするし。酷いのだと、ここから外に出した途端に砕けちゃうわ」

 少女の説明に、青年は目を見開く。

「へえ、そんな石初めて聞いた。不思議だね」
「偶に島に来る商人も、似たような事言ってたわ。この島でしか見ないみたい。村の皆も、何か宝飾品以外の使い道はないかって考えてもいるんだけど、中々使い道が無いのよね……
 どっちにしろ村の近くにも採掘場が有るし、そっちで皆と一緒にワイワイ言いながら掘る方が楽しいんじゃない?
 ……それにココに来たってバレると父さん……村長がうるさいわよ。欲しいんなら、綺麗に加工されたのが民芸品の首飾りとかに使われてるから、店で買った方が良いわ」
「ああ、もしかしてローレンでも売ってる首飾りとかの石かな? あれの原石なんだ……」

 ローレンはローランスのお膝元である小さな港街だ。クレスト島はローレンとの取引によって、生活を成り立たせている。

「ローランス家が、定期船やそれに積み込む物資の代金として買い上げてるもの」

 クレスト島の民芸品である石を使った装飾品や飾り紐。それらは定期的にローランス家に税という形で納められ、または代金を払って買い上げられ、領主経由でローレンで販売されている。独自にクレストの民芸品を扱う商人も、領主に手数料を払っているらしく、それらがローランス家の収入の一つとなっているのだ。

「こっちで買った方が安いだろうし、ちょっと覘いてみようかな。今度案内してよ」
「機会があれば」

 そんな話をしながら、更に奥へと向かう。
 辿り着いた先は、地底湖だった。ここから先に行くには、一度水に潜るしかない。ここまで来てもピンピンしている青年に、メイベルもさすがに驚いた。

「まさか、ここまで来れるなんてね」
「丈夫に生んでくれた両親に感謝しなきゃいけないな」

 ランプを地面に置きつつ、明るくそんな事を言うヴェルン。
 その様子に呆れながら、メイベルは傍にある下半分が土に埋まった大きな白い石に座る。
 他人が居るからか、いつもならばココでボーっと過ごす事もあるというのに、手持ち無沙汰な事がどうにも落ち着かないのだ。何となく近くの土壁をほじって、零れ落ちた土の中から色味のある石を一つ拾い上げ、石に付いた土を指で擦り落とす。

「村一番の怪力男だってここでは役立たずになるから、丈夫かどうかは問題じゃないと思うけどね。……はい」

 土を落としたそれが何であるか気づき、ヴェルンに向かって投げる。

「え、うわっ!」

 青年は少し焦りながらも、どうにか顔面に向かって投げられたそれを掴み取った。

「……いきなり何だい?」
「それがさっき言った石」
「………?」

 手の平を開いて見てみれば、投げられたのは透き通った紫色の石だったらしい。手のひら大のそれはランプの光に照らされ、水のように揺らぐ不思議な輝きを返していた。

「……なるほど。でも危ないから、いきなり投げないでくれるかい?」

 ヴェルンは引き攣った笑みを口元に浮かべながら、石をスボンのポケットに仕舞う。そうして、メイベルの傍の壁際に立った。

「どのくらい、ここに居るつもりなの?」
「最低でも、日暮れまでは」
「ふうん……」

 この男は「へえ」と「ふうん」しか言えないのだろうか。そんな事を考えながらメイベルは更に壁を掘る。

「爪に土が入るよ?」
「そこの水で洗うから平気」

 青年の注意に淡々と返し、掘り出した石を座る石の上に並べる。赤、青、黄、緑、白や紫もある。純度はまちまちだが、ランプの光を弾いて輝くそれらは中々に美しく思えた。
「色んな色があるんだね」

 ヴェルンがメイベルの手元を覗き込んで言う。

「うん。でも全部、同じ種類って事になってるのよね。白いのにはもしかしたら水晶も混じってるかもしれないけど。……もしかしてホントはすごく貴重なもので、ローランス家が儲けの為に安値で買い叩いてるとか、そういう事情有ったりしたら面白いんだけどなぁ……」

 少女のぼやきに、青年は首を振った。

「残念だけどそれは無いよ。ローレンでもそんなに高値では売ってなかったし」
「そっか……」
「それにローランス家の方も儲かってるどころか、数年前からイグナス総督府から対オーランドの戦争の準備の為に街道の整備を命じられてて、かなり財布が厳しい………って話だしね」

 オーランドはイグナスから海を挟んだ対岸にある国だ。クレスト島が属するイグナス王国は、エストに存在する他国と同じく、かの国と長年に渡り敵対関係にある。

「へー、大昔はすごい大貴族だったらしいのにね」
「そうだね。代々娘の嫁入り先に持参金として土地を分けていった所為で、今はローレン周辺くらいしか領地が残ってない、って聞いたよ」
「……領主の事、結構知ってるのね」

 呟いて、メイベルは青年をじっと見る。
 青年は旅人にしては少々詳しすぎないだろうか。
 
(実はコイツが家出した領主の息子だった、とかいうオチ?)

 親に内緒で、変装して婚約者であるメイベルの顔を見に来たのかも、と考えて即座に却下した。
 ヴェルナールという名前を偽名だと考えるとしても、絵で見たメイベルの婚約者と目の前の青年の顔は、あまりに似ていない。目つきが多少似ているように見えないでもないが、人種的な特徴なのかイグナス人には釣り目の人間は割と多く、村にも似たような目つきの人は大勢居る。
 それに絵のユリウスは年よりも大人びた容貌であり、比べてもヴェルンは去年描かれた絵のユリウスより顔立ちが幼かった。ついでに鼻も少し低い。
 そもそもユリウスは濃いブルネットの髪であり、染め粉を使ったとしてもそう簡単にヴェルンのような見事な金髪には出来ないし、青年の明るく透き通る髪を見る限り、染めているようにも見えない。
 メイベルの視線の意味を知ってか知らずか、青年は何かを思い出したらしく、どこか不快気に遠くを見た。

「まあ、島に渡る前にローレン港の酒場でそういう話を聞いたし……」

 何か嫌な事でもあったのだろう。旅の身ならば、色々な体験に事欠かない。メイベルが今まで会った他の旅人も、話している途中にこんな態度を取る事はよくあった。
 そこまで呟くように言ったところで、ヴェルンは空気を暗くしてしまった事に気づいたのか、ぱっと明るく笑う。

「それに、昔はローレンに住んでたからね」

 その説明にメイベルは軽く目を瞬いた。

「同郷なの? でもアンタの名前……」

 青年の名前の響きは異国のものだ。

「キミと同じさ。片親がオディリアの生まれなんだ」

 オディリア共和国は島の東、オーランドの北に存在する商業国家である。中立国である事もあり、エスト島にやってくる商人も多い。

「学校に通う為に中央に移ったんだけど、上級学校を卒業したんで成人までの期間で少し国内を見て回ろうと思って、手始めに小さい頃から気になってたこの島に来てみたんだ」

 どうやら青年は外見どおり、メイベルより一つか二つ年上らしい。
 中央にのみ存在する学校は基本的に入学の年齢を定めており、一六歳で卒業するのが普通だ。それにイグナスでは男の成人は十八歳となっている。騎士となれる年齢を基準にしている為に、家庭に入れる女性のそれよりも二つ上の年齢に定められているのだ。
 そして「手始めに」という言葉で、メイベルは青年が森の中で迷子になっていた事を思い出した。
 どうやらこの青年、旅人としてかなりの初心者だったらしい。いや、獣道の見分け方は旅人でないメイベルでも知っているのだから、とどのつまり青年は緑に縁の無い都会の人間という事だ。
 メイベルは色々な事に納得しつつ、転がして弄んでいた石を地底湖に向かって投げた。小石はポチャンと小さな音を立てて、水の中に沈んでいく。
 青年は石を投げる手を目線で追い、波紋を広げる水面へと視線を移した。

「勿体無くない?」

 石の事だろう。しかし青年の問いに少女はふるふると首を振る。

「ココから持ち帰っても、家族も友達も嫌がるのよね。『呪いが掛かるかも』って。だから、掘ってもいつもソコの水に沈めちゃうのよ」
「ふうん……。あの中、魚とかは居るの?」
「さあ、少なくともあたしは見た事は無いわ。自分の目で確かめてみたら?」
「そうするよ」

 ヴェルンは立ち上がってランプを掴み、それを掲げて湖面に近づいた。

「どれどれ……?」

 覗き込んだそこには、メイベルによって投げ入れられたと見られる色とりどりの石が山ほど沈んでいるが、それだけだった。先ほどの投石の影響か、底の土が少し舞い上がって揺らいではいるものの、水草すら生えておらず、魚も虫も居そうに無い。
 
「何か居た?」

 いつの間にか後ろに立っていたメイベルに、ヴェルンは少々ならず心臓を跳ねさせる。
 
「いや、特には何も。……キミ、気配隠すの上手いね」
「そう?」

 青年の言葉に少女は軽く首を傾げ、自分では良く分からないと返して隣に立ち、湖面を覗き込んだ。

「……あ、溶けた」

 ランプの光を反射して煌めいていた、水底に沈んだ石の一つが、水に落とされた絵の具のように揺らいで水に溶けていく。
 少女に指し示されてその不思議な光景を見た青年は、溶け消えていく青い石に目を瞬いた。
 
「本当に水に溶けるんだね……」
「青い石の……特に小さいのや純度の低いのだと、すぐにこうなるのよ。赤いのもそういうのはすぐ劣化しちゃうし……ほら」

 再び指し示された水の中で、小さな赤い石が見る間に色を失って濁り、皹が走り、やがて灰のようにぽろぽろと崩れてしまった。

「うわぁ……」
「珍しいでしょ」
「うん。ねえ、これって本当に石な……ん……あ、れ……?」

 少女に何事かを訊ねようとして、青年はしかし急に眩暈に襲われたらしい。ぐらり、と身体を傾がせ、尻餅をつく。ランプを取り落とさなかった事は僥倖だった。
 青年の様子に気づいたメイベルは驚きもせず「あ、限界か」と呟いて屈み寄り、青年からランプを奪って少し離れた場所に置く。

「え?」
「言ったでしょ、体調崩すって」

 その言葉で青年は洞窟に入る前に言われた事を思い出したらしく、ああ……と声を洩らした。

「……嘘だと思ってた」
「何で」
「ローレンでもクレスト村でも、そんな洞窟の事なんて一度も聞かされなかったし……正直、キミがボクのナンパを断る為に言った出任せかなぁ……と」

 あはは、と乾いた笑いを浮かべて肩を竦めるヴェルンに、メイベルは呆れて溜め息を吐く。

「本土の人は知らないけど……村の人は、観光客に教えるとアンタみたいに面白がって行く人が居るから言わないのよ。それでも、森は深いから奥に行くな、とは言われるハズなんだけどね」
「ああ……そういえば宿の人が……」
「言われてたのに森に入ったんなら、迷子になったのも自業自得ね……っていうか、ナンパしてたの?」
「……気づいてなかったのか」

 道理でこんな人気の無い洞窟の奥まで同行するハズだ、と苦笑する青年の言葉に、メイベルもようやく自分が一応年頃の少女の範疇に入る事と、相手が『男』である事に思い至った。

(そういえばさっきも店を案内してくれって……)

 アクセサリーを売っているような店を男女二人で見て回るなど、デートも同然である。今更ながらに自分の鈍さと不用意さに気づき、恥ずかしさに頬を赤らめる。
 ついでに親切心に浸け込まれていた事にも少々腹が立ったが、しかし自分の方も青年を時間潰しに使おうと考えており、再び迷子にしても別に構わないと思っていたのだから、多少は非があるのだと思い直して怒りを鎮めた。

「……あたしをナンパするような人、今まで居なかったのよ」

 村長の娘であり、貴族の許婚が居る事もあって、わざわざメイベルを口説こうとする人間は村には居なかったのだ。

「っていうか迷子の分際でよく口説こうなんて思えるわね……」
「はは……五十も近い親父に嫁いでいかなきゃいけないかもしれない、可哀想な女の子を慰めるのは男の義務ってやつだよ……うっ………」

 軽口を叩く間に吐き気もしてきたらしく、蒼白になって口元を押さえる青年。
 体調を崩してもまだ口説いてくる根性を見る限りまず死にそうには無いし、ナンパ男だと判明した状況もあってあまり同情の念も湧かないが、さすがに助けないわけにもいかない。

「まったく……さ、離れるわよ」

 メイベルはヴェルンの腕を掴み、自分の肩へと回した。ヴェルンはその意図を理解して、体重を預ける。密着する青年に、念のためにとメイベルが忠告した。

「……言っとくけど、どさくさに紛れて胸とかお尻とか触ったら、このまま放置して帰ってやるから」
「おお怖……、日暮れまで戻らないんじゃなかった?」
「……アンタに傷物にされたからお嫁に行けません、って言ったら、皆それどころじゃ無くなるわよ。ついでに向こうも嫁にするの止めてくれるかも。で、アンタはここで飢え死にするか、村の人に寄って集ってリンチを受ける、で決定ね」
「………神に誓って何もしないよ」

 ヴェルンは背中を冷たい汗が伝うのを感じつつ、肩を貸して貰いながら立ち上がる。しかし、メイベルもさすがに大の男を支えるのは辛いらしい。一歩を踏み出そうとしたところでよろめいた。

「大丈夫かい?」
「お……重い………」

 メイベルはどうにか踏ん張ろうと片足を後ろに運び、しかしパシャンと跳ねる水の音に、足を運んだ場所にあるものが地面でなく水であった事に気づく。
 水の中と岸では当然高さが違う。メイベルは体を支える筈の足が水に沈む感覚にそのままバランスを崩し、ヴェルンと共に背中から水面へと倒れこむ。

「う、わ……!」
「ぎゃ!?」

 青年に続いて、メイベルもあまり少女らしくない声を上げた。
 そうして水の中に二人の体が沈もうとした瞬間、突然湖面が光を放つ。
 湖に背を向けていた二人には、七色の光に照らされた天井と、そこに光を遮って浮かび上がる自分達の影しか見えなかった。
 が、それでも、何か予測していなかった事が起こったという事だけは理解した。
 そして自分達の影すらも光が掻き消し、全てが白く染め上げられ。
 メイベルが眩しさに思わず目を瞑った次の瞬間。

 ドスン!

 厚い木の床の撓む音を立てて、メイベルと青年は倒れ込んだ。

「ぐっ」

 奇妙な声を出すヴェルン。メイベルの方は背中から倒れこんだことで青年の身体がクッションになったらしく、お尻以外への衝撃は無かった。それでも十分に痛かったが。

「あいたたた……」

 ゆっくりと上半身を起こしながら、メイベルは予想していたそれとは違う衝撃と音に戸惑い、そして床についた手の下に水も、じっとりと湿った土も存在しない事に気づいた。
 ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開いてゆっくりと周囲を見回し、その光景に驚きのあまり呆然と呟く。

「どこよ、ココ……」

 二人が居る場所は、先程まで居た洞窟とは全く違う、どこかの建物の中。
 一人用の寝台や勉強机が置いてある事からすると、誰かの個室のようだった。それもかなり上等な。
 少女の暮らす村では、家の応接室が一番立派なあつらえと調度を揃えているが、この部屋の家具や壁紙の質はそれに劣らない。家の応接室は中央の一般家庭より多少良い、という程度の部屋だが、それでも、こんな一人用の狭い部屋に同等のものが有るのは珍しい。どれもかなり使い込まれているように見える事からすると、貴族の屋敷の一室なのかもしれない。貴族の個室にして妙に狭い事から、恐らくある程度の地位を持った使用人あたりの部屋だろう。
 寝台や敷物には橙や桃色等の暖色の布が使われ、ささやかながらもそれらの所々にレースや花の刺繍等が飾りに付いていることから、部屋の主は恐らく若い女性だ。
 窓は無いものの、小さな部屋の中は片付いており、筆記具の置かれた勉強机や、端に備え付けられた本棚にきっちりと収まった本等から、知的で真面目そうな人柄が窺える。
 屋内とは思えない明るさに頭上を見上げれば、何が使われているのか、曇った硝子のようにも見える半透明の天井板は明るく優しい光を放っていた。
 あっけに取られるメイベルの耳に、聞き覚えの無い声が飛び込んでくる。

「――マ、マーヴェル様……!?」
「え?」

 ぽつりと呟かれた女性の声に、上半身を捻って振り返り、やや後ろを見た。
 そこに居たのは、淡い、藁のような茶色の癖毛を肩まで伸ばした、メイベルより幾つか年上に見える少女だった。
 恐らくこの部屋の主だろう。白を基調にした長いローブを纏ったその少女は、床にへたり込んだまま、青み掛かった銀の目を驚愕と、そして恐怖の色に染め、メイベル達を見つめている。
 この部屋の主だろうかと考えつつ、突然の現象と見知らぬ場所に混乱したメイベルは数秒の間何を言うべきか考えて言葉を詰まらせ、

「……あー、えーっと……人違い、デス?」

 とりあえず少女の質問らしき言葉に返事を返した。


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