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ごった煮
気が向いた時に更新する箸休め的SS放り込みBlog。 二次は腐ってたりアンチしてたりもするので注意されたし。
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2025/06/18 (Wed) 21:18
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2013/05/29 (Wed) 19:33
 大陸の東端に存在するオーレスト皇国には、二人の皇女が居る。
 第一皇位継承者である長女フェリシア・オクタウィア・オリアーナ皇女と、その双子の妹であるレナーテ・オリアーナ皇女である。

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 第一王子は早産の為に生まれた直後に死亡、翌年生まれた皇女も若干二歳で運悪く流行り病によって病死。その後数年して生まれた双子の皇女達に、皇宮は沸き立った。
 亡くなった二人の魂が転生したのだと言われ、重い病にも罹らずすくすく育つ双子に、宮廷の誰もが安堵の息を吐き、祝福を惜しまなかった。
 成長するにつれて美しくなる双子に吟遊詩人はこぞってその美貌を称える詩を捧げ、いつからか皇女達は夜明けの国の双美姫とまで呼ばれるようになっていた。
 しかし、双美姫の片割れであるフェリシア皇女は、十五歳となったある日、突如王宮から姿を消した。
 誘拐の線も考えられたが、皇王の推進する友好政策もあって表立って敵対している国は現在は無く、やがて皇族しか知らない筈の隠し通路を使った形跡が見つかり、その痕跡を調べた結果、足跡などから何者かが一人で皇宮の外へと出て行ったらしい事が判明したのだった。
 それ故にこの行方不明事件は皇女の家出ではないかとされ、国境の出入りを厳重に制限した上で大々的に国中を捜索したのだが、皇女はふた月経っても見つからず、箱入りの皇族の娘が誰にも知られずに長期間を過ごす事は極めて難しいという事からどこかで事故死している可能性が持ち上がり、およそ一年後には国中に放たれた捜索隊は殆ど引き上げられ、現在は打ち切られたも同然の状態となっている。
 行方不明から二年を経た現在でも、街中には皇女を探す為に張られた手配書が各所に残っており、生存の可能性がある事から掛けられたままの賞金の額の大きさもあって、探す人間は今でも少なくない。
 グレンはまさかと思いつつも、目の前に座る少女の顔から目が離せなかった。
 手配写真で見た皇女より幾らか大人びていて、輪郭の線も硬く、体つきもどことなく骨ばっているように見えるものの、少女の顔は皇女そのものだった。多少の誤差など、十代後半の成長期である事や生活の変化、それに化粧の有無と考えればそれほど大したものでもない。
 何より、オーレストの皇族が例外無く何らかの能力を持った法印術士である事は、国の内外問わず知られた事だ。
 少女は驚くグレンを見つめ返し、しかしやがて溜め息を吐いてゆっくりと首を振った。
「わたしは皇女ではありません」
「うん?」
「この顔を隠す為に変身しているだけで……そもそも、わたしは男なんです」
「……!?」
 少女――もとい少年は気まずげにそう言いながら着ているシャツのボタンを二つほど外して広げ、「ほらこの通り」と首の後ろの方にある紋様のようなアザ――法印と、胸元を見せた。
 斜めの十字が三つ横に並んだようなシンプルな紋様の法印は今までに見たことの無い形だが、ケガで出来たとは思えないくっきりと浮かぶその色や形、今ここで見せた事、そして何より「これは自分のそれと同類の証だ」と本能が告げてくる感覚からして、少年が能力者である事を示す法印の一つだろう。法印術で変身した場合は法印も隠れるし、変身する対象が法印を持っていたとしても、同じ能力を持つ相手で無い限りは写せないとされている。
 それらの事から、親指程度の大きさのそのアザは、少年の今の姿が偽りでない証明と言えた。
 そして話に聞く限りでは、双美姫は二人とも胸元に法印が刻まれているという。空気の抜けた風船のように萎んでしまった胸にはホクロ一つ無く、その上直接見てみれば幾らなんでも平坦すぎる。硬そうなその胸元は、どうみても男のものだ。
 中性的な声は性別の判別が難しいものの、よくよく見れば女性にしては首周りが少しばかり太く、筋張っていて、小さいながらも喉仏がある。
「この通り皇女の顔に似てる事から、色々とトラブルが多くて……。自前の顔とはいえ、皇都には身元を保証する人も居ないし、役人に呼び止められるのも面倒なのでいつも変身しているんです」
 悪気があったり、何か企んでいたりした訳ではないとの説明に、グレンはとりあえず乗り出していた身体をソファに戻した。
 しかし、まだ疑いが無くなった訳ではない。
「別の姿になるだけなら、別に女の姿でなくとも良いだろう」
「それはその……わたしはまだあまり法印術を使うのが得意ではなくて……、単純に髪の長さや性別を変える以外では、同じくらいの体積の相手で、しかも相手に直接触れるか、あるいは髪の毛や血などの触媒がないと上手く変身出来ないんです」
 少年の小柄な体躯では、似たような背格好の相手を探すとどうしても女性である事が多くなるのだという。
「先程の姿は、数日前に偶々とある食堂で近くに座っていた人から、服についていた毛を取ってさしあげるふりをして失敬させて戴いたものを使って……」
「……ふむ……」
 グレンは顎に手を当てた。
 つじつまは合っているような気がしないでもない。それに出会った状況を考えても、少なくとも自分を狙ったものである可能性は低いだろう。
 最近は恨みを買うような言動も、危険な仕事も避けているし、仕事を取り合う程逼迫した業界でもない。昨日依頼されていた仕事もあの近所に屋敷を構える医者から不定期に請け負っている薬の原料の配達で、薬品の扱いを知らない人間には意味の無い品な上、特に希少な品でも無いので芝居を打ってまで手に入れるようなものでもない。人を雇う金があるなら奪うより買う方が早いのだから尚更だ。依頼人の商売敵からの妨害と考えるにも、あの近辺には色町がある事もあって医者は客を取り合うどころかむしろ不足している。
 それにそもそも配達は既に完了していたのだから、脅しと考えるにしてもいささか弱い。
 しかもグレンがあの道を帰路に選んだのは偶然である。更に言うなら路地での出来事に誰かが気づく可能性は低く、わざわざ助けに行く可能性となると更に低かった。
 だが。
「少女の姿であんな時間に歩き回っていたのは何故だ?」
 この少年の容姿なら、素の姿で暮らしていた頃でも十分危ない目に会っていただろう事は想像に難くない。幾らなんでも無用心と言えた。
「あそこから少し離れた場所にある宿に泊まっていたんですが、昨日の夕方に役人が来て、宿のご主人を連れていったんです。何でも脱税とか何とか……。それで宿が突然閉まってしまって、あちこち歩いて他の宿を探したものの、何処も満室で」
「それはまた運の無い……」
 夕方の上、同じ宿に泊まっていた人が流れた事で、近くの宿は全て埋まってしまっていたのだろう。
「仕方なくどこかの酒場で凌ごうかと思っていたところで、丁度通りがかったらしいあの方々が声を掛けて来たんです。自分達はあの周辺を見回っている兵士だから安心していい、空いてる宿を知っているから紹介する、と案内された先があの路地で――」
「ああいう事態になった、と」
「はい」
「………成程」
 それらの説明で、ようやくグレンはこれは間違いなく自分には関係無いな、と判断した。
 少年の語る説明はかなり具体的であり、宿屋で事件が起こったなどの、調べればすぐに分かる出来事を言っている事からも、嘘をついている可能性はかなり低い。
 だが。
「おい少年」
「フェリクスです」
「……名前まで似ているんだな」
「皇女の名前にあやかって付けたそうです」
 幸運を意味するその名前は、フェリシアという名前を男性形にしたもののひとつでもある。
「そうか。ではフェリクス、皇都に身元を保証する人が居ない――と言っていたが、宿に泊まっていたという事は家も無いのか?」
 見たところ少年は未成年である。近くに身寄りが居ないのなら、身分証を持って行って役所に申請すれば、孤児院に入る事も出来る筈だった。
 フェリクスは少し口ごもった後、「ええと……、実はちょっと家出を……」ともごもごと呟いた。
 昨日とそっくり同じ言い訳である。
「嘘をつくにしてももう少し考えろ」
 にべも無くつっぱねるグレンに、フェリクスは反射的に反論してきた。
「嘘じゃありません。本当に家出してきたんですよ!」
「………?」
 その辛そうな表情を嘘とは思えず、グレンは目線で説明を促す。フェリクスは少し躊躇いつつも、ぽつぽつと語り始めた。
「あまり詳しくは言えませんけど、どうしても家に居られない……居たくない事情がありまして……思わず家を飛び出してしまったんです」
「ほう」
 フェリシア皇女といいこの少年といい、この顔の人間には失踪癖でもあるのだろうか。国民としては、この上レナーテ皇女まで居なくならない事を祈るばかりだ。それでなくともレックス皇王は子供を失いすぎているし、四人の子供の最後の一人まで失われてしまった場合、現皇王夫妻の年ではもう子供を望むのが難しい以上、次の皇王位を求めて最悪内紛が起きる可能性もある。
「でもどうにか皇都まで来たところで我に返って。後悔したものの家には帰れず、帰ったところでもうどうしようもないだろうしで……。いっそどこかで人生ごとやり直そうかと思ったものの、身分証を持って無くて……その、家に置いてきてしまったもので。でも身分証が無いと家が借りられないどころか定職にも就けないし、役所に申請すれば再発行出来るそうですけど、そんな事したら居場所がバレるだろうし……」
 それでも家から持ち出した金品を売ったり、身元を問わない日雇いの仕事をしたりしてどうにか今まで凌いでいたのだという。
 フェリクスの説明に、グレンは呆れるより先に感心した。
「イイトコの生まれの割りには大したものだな」
「え……、分かりますか?」
「普通お前くらいの年頃の庶民の少年は、そんな丁寧な言葉遣いはしないし、自分の事を『わたし』などと呼ばん」
「あう……」
 グレンの尤もな指摘に、フェリクスはガクリと落ち込んだ。
「女性に化けてたのはある意味正解だな。まだ自然だ。まあ、今の姿でも女に見えるが」
「そうですか……そうですね……。でもグレンさんの『私』呼びも、せめてもう少しお年を召してからにするべきだと……」
「私のこの呼び方は、男女を問わず知人の間では似合っていると評判だ」
 少年のささやかな反撃を跳ね返す。
 踏ん反り返らんばかりに強気に、しかもやや怒気交じりに告げるグレンに、フェリクスも若干怯えながら「そうですね」と返した。彼には何が怒りの琴線に触れたのかは分からないのだろう。だが明らかに不機嫌になったグレンに、本能が逆らうべきでは無いと告げたらしい。まあ実際のところ、グレンの言葉遣いがその貴公子然とした容姿に似合っていたのも理由ではあるのだが。
「というか、そもそもお前は考えが足りなさ過ぎるだろう」
「え」
「私が彼女と同じギルドに所属していると言った時点で、宿を借りるなどという正体がバレかねない危険な選択は頭から排除するべきではないのか?」
「あうう……すみません……屋根の下で眠りたかったんです……!」
 ビシビシと指摘される度に、ずぶずぶと反省という海に沈んでいく少年。
 わざわざグレンの家に泊まろうとしたその理由があまりにも馬鹿らしく、グレンは少年への疑いを解くと同時に溜め息を吐いた。
「……宿なら、ギルドの近くに安い所があるから、そこを紹介してやる」
「え?」
「泊まる場所を探しているんだろうが。あの宿は規模が大きいから満室になる事はそう無いし、長期の滞在も出来る」
 通りすがりに助けただけの相手だが、宿が無いのはさすがに可哀想だし、このまま放り出すのも気が咎める。同じ釜、というか同じ鍋の飯を食った仲となった以上、多少の世話くらいはしてやろうと考えたのだ。
 グレンの意図を察したのだろう、フェリクスはぱっと明るく笑って礼を言った。
「あ、ありがとうございます!」
「紹介料はさっきの朝食って事にしておいてやろう」
 そうして立ち上がり、玄関に向かおうとしたところでグレンはハッと気づく。
 フェリクスに皇女に瓜二つの姿のままうろつかせるわけには行かない。面倒事を避ける為にも、姿を変えさせる必要があった。
 とは言ってもグレンは一人暮らしであり、両親も数年前に他界した為に居らず、親戚も遠い田舎や外国住まいだ。友人もこの近所には住んでいないので、フェリクスが変身するのに必要な他人の、それもフェリクスと似た体格の人間の髪や血など、とっさに用意する事は出来ない。
 グレンは少し考え、部屋の奥へと引き返した。フェリクスもリビングで困惑しているだろうな、と考えた途端、皮鎧の胸元に何かが当たる。
「ふぐっ!」
 フェリクスだった。どうやら向こうは額がぶつかったらしく、ボクンと鈍い音を立てて鎧に弾かれた後、額を押さえつつグレンから一歩後ろに距離を取る。
「いたた……立派な大胸筋をお持ちですね」
 額を押さえつつそんな事を言ってくる少年。
「…………皮で出来ているとはいえ、鎧にぶつかれば痛いに決まっているだろう」
 グレンは湧き上がったイラつきをグッと抑えた。
「というか、何故後ろに居る」
「え、宿屋に行くんですよね?」
「……その姿のままでか?」
「え、あ!」
 出会って間もない自分でさえ気づく事に気づいていなかったらしい。
「お前、よく人から間抜けと言われるだろう」
 少年らしからぬ言葉遣いといい、昨日の無用心さといい、フェリクスが今まで無事に済んでいたのは多分に運が味方していたからだろう。幸運を意味する名前は伊達では無いらしい。
「……そこまで直接的な単語を使われた事はありません」
「嘘をつかんのは立派だが、否定になっとらんぞ」
 似たような事や同義語なら言われた事がある、と言ったも同然である。
 グレンは溜め息を吐いてフェリクスをソファに座るよう告げ、寝室から帽子が入る程度の大きさの箱を、洗面所から濡らしたタオルを持って来て、テーブルの上に置いた。
「それ、何ですか?」
 ソファにちょこんと座った少年が首を傾げる。
「化粧道具だ」
 グレンは淡々と返し、箱の中からペンや白粉を取り出していく。
 その様子を数秒の間信じられないものを見る目で呆然と見ていたフェリクスは、更に何かを言おうとしてふいに何かに気づいたらしく、眉を寄せてグレンの顔をまじまじと見つめた後、慎重に口を開いた。
「………グレンさん」
「何だ」
「つかぬ事を訊きますが……性別は?」
「…………生まれた時から女だ。文句有るか?」
 そう、中性的な顔立ちと、女にしては些かならず高い身長と、サイズの合う女物の服が中々無い為に着ている男物の服、そしてオーレストではどちらかというと男に多い名前の為によく誤解されるが、グレンは正真正銘女だった。ちなみにグレンは気づいていないが、仕事の邪魔になるからと短く切られた髪や、胸を押し潰す皮鎧、ついでに滅多に化粧らしい化粧をしないその顔も、男と勘違いされる要因である。
 地を這うような声で、少年を睨みながら怒気と共にそう告げるグレンに、フェリクスは反射的に頭を下げ、テーブルに額を擦り付けた。
「ありません。スミマセン」
 女に興味が無いのも、『私』呼びを咎められて機嫌が悪くなるのも、当然なのだ。
 女性なのだから。
「ついでに言うなら、女の胸に詰まっているのは基本的に筋肉ではないし、そもそも『すごい筋肉ですね』とか『硬い胸ですね』などといった言葉は、大抵の女性にとっては褒め言葉にならん」
「きっ、肝に銘じます!」
 殺気混じりの声に怯え、震えながら平伏しつつそう叫んだフェリクスをグレンは数秒間睨むように見つめた後、ようやく「ならばいい」と赦しの言葉を告げたのだった。
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