2013/05/29 (Wed) 17:19
「つまり、使おうとしていた召喚石を野盗の側に奪われて、そのまま呼び出されたのが私だと?」
「……そういう事になる」
ネスティ、そう名乗った召喚師の青年の説明によると、こうだ。
この岩場の更に先には流砂の谷と呼ばれる野盗の根城があり、ネスティさん達はそこに野盗を倒しに行き、その粗方を討伐する事に成功した。そして役人達を呼んで野盗達の身柄を引き渡し、さあそろそろ街に帰ろうかと来た道を引き返していた所を、野盗の残党に襲われたらしい。
数は少なくすぐに最後の一人まで追い込んだものの、その最後の一人は召喚師。召喚術への耐性は常人よりも高いと考えられた。
ロックマテリアルを使ってきた為に相手の得意属性は不明。物理的に有効打を与えられそうな仲間とは少し距離がある。そこでネスティさんは持っていた石の指輪を触媒に、相手と同じ無属性の召喚術であるロックマテリアルを召喚する事を選択した。愛用のベズゾウによる下位術よりも多少魔力を食うが、耐性に当って威力が減じ、倒せないよりはマシだと判断したのだ。
そうして手持ちに無いその召喚術を新たに呼びだそうと無色のサモナイト石に魔力を込め、いざ発動しようとした瞬間、先に倒した筈の野盗側の弓使いが息を吹き返し、ネスティさんの持っていたソレを矢で弾き落とした。
サモナイト石はそのまま外道召喚師の所まで転がっていき、外道召喚師はこれ幸いとネスティさんの武器となるソレを奪ったついでにそのまま自分の持っていた触媒を使って術を発動。
が、召喚術の触媒が途中で変わったからか、それとも矢で傷でもついたのか、あるいは魔力を過剰に与えられたからか。石は強い光と共に暴走まがいの発動をして俗に言う『ハズレ』の術もどきとなり、そうして外道召喚師の頭上に召喚された私は、そのまま落下して外道召喚師の意識を落とした。―――あとついでに自分を召喚した石も砕いた。
「……どうしましょうか?」
「………………」
石が割れてしまった以上、送還は出来ない。
そもそも召喚主がネスティさんと外道召喚師のどちらになるのかも不明だ。
ネスティさんならまあ良い。青の派閥に所属する召喚師であるという彼ならば、多少の金銭は工面出来ると思われる。だからタカって……もとい、帰還の為の旅費という形で責任取って貰おう。
だが外道召喚師が召喚主と見做されるならば、そんな悠長な事は言っていられない。
犯罪者の召喚獣であるとされれば、自分は犯罪者の一味として扱われるかもしれないのだ。
そう、もしこのままネスティさんの仲間が呼びに行っているという兵士たちがここに到着したら、逮捕されるという事。
ハズレ召喚で出てきたアイテム扱いでスルーされる、と楽観的に考えるのはちょっと甘い考えだと思う。
何故なら、私には故郷が無い。
ネスティさん達が言うには、ここは聖王国らしい。私が旧王国であれ帝国であれ、この世界の他国の国民であったならばそのまま他国の役人か誰かに引き渡して終わりだろう。
だが、名も無き島はどこの国にも属さないとアティさんに聞いた。いや、属さないどころか、地図にも載っていないらしいと。
馬鹿正直に島の出身である事を国の役人に告げては、島の皆に迷惑が掛かる事必須だろう。そのまま兵士を引き連れ、領土として編入しに来るかもしれないのだから。
もし他国人だと嘘を吐いて他国の役人に引き渡された所で、向こうの国で身元を訊ねられたり戸籍を調べられたりしたら、知人も居らず土地勘も無い私は答えられないから詰む。
聖王国国民だと偽るのはもっとダメだ。お金も無いのに留まれないし、バレた時に無駄に勘ぐられる。スパイ扱いされる可能性はものすごく高い。
結論としては、野盗の仲間と見做された場合、牢屋入りなら良い方で、最悪の場合は物理的に処分されてしまう可能性すらあるという事だ。
人権? 存在はするのでしょうけれど、恐らく国民どころか他国人でもないはぐれには関係のないモノですよ。シルターン人のようにコニュニティが出来る程度に存在するなら、また違ったのかもしれませんが。まぁ、出会った人の情に期待するしかありませんね。
というわけで、私としてはネスティさんの召喚獣であると認定されるか、あるいは外道召喚師の召喚獣だとしても、巻き込まれた身である事を強調して庇って貰うか、あるいは最悪でも兵士がココに到着する前に逃がして貰いたいのだ。
恐々とする私に構わず、ネスティさんは溜め息と共に地面から私を呼んだサモナイト石の欠片を拾い上げ、検分した。
「僕の持っていた石で召喚された以上、放置というわけにも行かないしな……」
「! それじゃ……」
「だが、僕らも今は旅を始めたばかりで結構入り用なんだ。懐に余裕は無い」
「…………」
バッサリキッパリと突きつけられた金欠宣言に、言葉が詰まる。
これで私にとって最善の展開は無くなったと言っていいだろう。
しかし、だからと言ってしょげている暇はない。
「ぜ、全額じゃなくても構わないんです! けど、せめてここでの滞在費や、帰りの為の旅費を貯める為の働き口の紹介とか……!」
私は必死に食い下がった。
全額は無理でも多少なら出してくれるかもしれないし、身元不詳の人間と派閥の召喚師が紹介した人間とでは、間違いなく扱いが変わるだろう。
私が知っているこの世界の知識はアティさんやヤードさんから習った事ばかりではあるが、その程度は分かる。
「ラウル師範に頼めば、多少はどうにかなるんじゃない?」
声が上がった。
ネスティさんの後ろから、小柄な少女が顔を出している。さっきお互いに軽く自己紹介をした時に聞いた名前は……確か、トリスさんと言ったか。
黒い髪をショートボブにした、活発そうな子だ。着ている服は濃い紺の大きな襟が付いていて、白い身頃も相まったそれは何だかセーラー服を彷彿とさせる。
私の故郷では中高生が着る学校の制服によく見られるものだけれど、ネスティさんと共通する装飾も付いているし、彼女の年格好からするともしかして派閥の制服か何かなのかもしれない。
「私の居た部屋、まだ空いてるでしょ? 師範なら事情を話せば数日くらい滞在する許可出してくれるだろうし、とりあえずはそこを仮宿にして貰って、どこか落ち着く部屋を改めて探せば良いと思うんだけど」
トリスさんの言葉に、ネスティさんは顎に手を当てて少しだけ考え込んだ。
「……召喚獣とはいえ、人間だ。それも、僕が召喚主であるとしてもすぐに離れていく、部外者に近い存在だろう。そんな付き合いの浅い、召喚師でもない人間を、派閥の敷地にホイホイ入れるわけにはいかないだろう。それに……」
「それに、何よ?」
「野盗達はもう兵士に預けたとはいえ、こちらから討伐の報告をする必要もある。もしかすると旅の再出発は明日になるかもしれない。そうなると、お前やバルレルの今夜の宿はどうするんだ?」
「いや、まあ、確かに私の部屋は狭いかもしれないけど、でもただ寝るくらいなら三人くらいどうにか……」
トリスさんは段々俯いて、ゴニョゴニョとそれでも私を庇ってくれる。
その優しさは嬉しいのだけれども、正直あまり役に立っては居ないだろう。
ネスティさんが私を拒否する理由として重きを置いているのは、トリスさんの部屋の事ではなく、派閥内部への部外者の立ち入りだろうから。
ああでも一つだけ、教えて置かなければ面倒になりそうな事は訂正しておくべきだろう。
「……一応、召喚師ではあります」
「え?」
私の言葉に、パッと顔を上げるトリスさん。
驚きも顕なその顔に少しクスリと来る。
「どこかに所属しているわけでは無いのですが、住んで居た所に元帝国軍の人とか、元派閥所属の人とかが居まして……護身の為にと、彼らに師事してた事があるので。誓約はあまり得意では無いのですが、低位の召喚術ならひと通り使えます」
名も無き島には軍など無い。
だが昔、帝国軍の部隊や無色の派閥という集団に襲撃された事があるそうで、若い島民はある程度戦う手段を持っておくべきだと言われ、私も色々と習ったのだ。
その時に召喚術の全属性に適正がある事が判明した。ゲンジお爺さんも適正だけなら全属性持っているらしいから、名も無き世界から来た人間は皆そうなのかもしれない。
「……ちなみに、どの程度使えるんだ? 属性は?」
「ええと……、ユニット召喚獣が呼び出せる程度、全属性、でしょうか?」
高位の召喚術はまだ無理だけれど、数は力だという事で、いざという時に島の仲間をどうにか召喚出来る程度には仕込まれた。結構スパルタだったように思う。
とはいえ、釣りに出かけた帰りだったから、契約したサモナイト石の殆どは今は持っていない。持っているのはシャインセイバーと反魔の水晶、それに釣りに行く道すがら拾った未契約の石が幾つかだけだ。
あの島にはサモナイト石が結構あちこちに転がっているが、見つけたら回収するのが暗黙の了解となっている。
召喚師の適正がある人が触ると暴発する危険があるらしいので、何もしらない島の子供達が拾わない為にもそうした方が良いと、アティさん達からも言われていた。
「……全属性?」
ネスティさんが変な顔をした。その隣から顔をだすトリスさんも、ぽかんとしている。
あれ?
「おかしいですか? 故郷には師も含めて何人か居たんですけど……」
同郷のゲンジお爺さんは勿論、アティさんも魔剣の力で後天的とはいえ全属性に適正がある。
ウィルさんも全属性使えるようになろうと最近頑張っているらしいし、ヤードさんが鍛えれば複数の属性を扱えるようになると言っていたから、多いとまではいかずともそれほど珍しいものでは無いと思っていたのだけれど。
「いや……まあ、珍しいが、聞かないわけじゃない。ただ、この国では少し特別な意味があるというだけだ」
「……あー……」
そういえば、聖王国の王家は全属性を自在に扱い、結界を張って異界からこの世界を守ったと言うエルゴの王の末裔だという話でしたっけ。
とはいえ、現在ではその異能も殆ど残っていないとも聞いたけれど。
「それにしても、何人も居るのか……一体どういう所から来たんだ……」
ブツブツと独り言を呟くネスティさん。聞こえてくる疑問に、自分から答えるつもりは勿論無かった。
青の派閥は無色に比べればそれほど悪い組織ではないとヤードさんに聞いたけれど、だからと言って迂闊な事は言えない。向こうも別に答えを期待してはいないだろうから、聞こえない振りでスルーする。まあ迂闊な事については、既にかなり言ってしまった気もするけれども。
「まあ……その、他の世界から来た人間の血が混じってると、そうなる事が多いと聞きましたから、ご先祖様にそういう人が居たんだと思いますよ、偶然」
誤魔化すように言って「それより」と話題を変える。
「召喚師とはいえ、派閥に属していない身では、結局の所部外者である事は変わりないですし、トリスさんの今夜の寝床を奪うわけにも行きません。
だから、ネスティさん達にお金が無いなら、そのラウル師範という方に宿代を借りる事は出来ないのでしょうか?
あるいは、その方の権限で私の派閥本部への出入りを許可して貰った上で、一室を借りるとか。
一定期間分の宿賃貰えればその間に働き口を見つけて資金を作れますし、そしたら後は自分で宿賃稼ぎますし」
どうせ戻るのだから、その時に聞いてみて、ダメならまた違う方法を考えればいい。
半分問題の先送りだが、ここで留まって言い合いをし続けるよりは建設的だ。
私の提案に、ネスティさんは難しい顔をしながらも「仕方がない……か」とどうにか同意してくれた。
そうと決まれば後は早い。私は手早くヤッファさんに貰った野菜や果物の中から傷みやすいものだけ残して他は釣り道具と一緒にショルダーバッグに押しこみ、魚の入った魚籠とナウバの実など柔らかいものだけを手提げ袋に詰めなおした。
こんな状況ではあるが、いやむしろこんな状況だからこそ、捨てるなんて勿体無い事は出来ない。
今現在の状態を考えれば、一食分でも多く節約せねばなるまい。
「ね、ねえリオさん、それ担いで街まで行く気?」
巫女服によく似た格好をした女性――ケイナさんの質問に、私はコクリと頷いた。
「勿論です。ついでに食べられそうな野草とか薬草も、道中見つけたら摘んで行く予定です」
だって無一文ですから。
「…………」
さすがに皆ちょっと引いたようだ。
「……とりあえず、お前にすげえ根性がある事は認めてやるぜ」
トリスさんの召喚獣だという赤毛の少年――バルレル君が呆れた口調でそう呟いた。
「……そういう事になる」
ネスティ、そう名乗った召喚師の青年の説明によると、こうだ。
この岩場の更に先には流砂の谷と呼ばれる野盗の根城があり、ネスティさん達はそこに野盗を倒しに行き、その粗方を討伐する事に成功した。そして役人達を呼んで野盗達の身柄を引き渡し、さあそろそろ街に帰ろうかと来た道を引き返していた所を、野盗の残党に襲われたらしい。
数は少なくすぐに最後の一人まで追い込んだものの、その最後の一人は召喚師。召喚術への耐性は常人よりも高いと考えられた。
ロックマテリアルを使ってきた為に相手の得意属性は不明。物理的に有効打を与えられそうな仲間とは少し距離がある。そこでネスティさんは持っていた石の指輪を触媒に、相手と同じ無属性の召喚術であるロックマテリアルを召喚する事を選択した。愛用のベズゾウによる下位術よりも多少魔力を食うが、耐性に当って威力が減じ、倒せないよりはマシだと判断したのだ。
そうして手持ちに無いその召喚術を新たに呼びだそうと無色のサモナイト石に魔力を込め、いざ発動しようとした瞬間、先に倒した筈の野盗側の弓使いが息を吹き返し、ネスティさんの持っていたソレを矢で弾き落とした。
サモナイト石はそのまま外道召喚師の所まで転がっていき、外道召喚師はこれ幸いとネスティさんの武器となるソレを奪ったついでにそのまま自分の持っていた触媒を使って術を発動。
が、召喚術の触媒が途中で変わったからか、それとも矢で傷でもついたのか、あるいは魔力を過剰に与えられたからか。石は強い光と共に暴走まがいの発動をして俗に言う『ハズレ』の術もどきとなり、そうして外道召喚師の頭上に召喚された私は、そのまま落下して外道召喚師の意識を落とした。―――あとついでに自分を召喚した石も砕いた。
「……どうしましょうか?」
「………………」
石が割れてしまった以上、送還は出来ない。
そもそも召喚主がネスティさんと外道召喚師のどちらになるのかも不明だ。
ネスティさんならまあ良い。青の派閥に所属する召喚師であるという彼ならば、多少の金銭は工面出来ると思われる。だからタカって……もとい、帰還の為の旅費という形で責任取って貰おう。
だが外道召喚師が召喚主と見做されるならば、そんな悠長な事は言っていられない。
犯罪者の召喚獣であるとされれば、自分は犯罪者の一味として扱われるかもしれないのだ。
そう、もしこのままネスティさんの仲間が呼びに行っているという兵士たちがここに到着したら、逮捕されるという事。
ハズレ召喚で出てきたアイテム扱いでスルーされる、と楽観的に考えるのはちょっと甘い考えだと思う。
何故なら、私には故郷が無い。
ネスティさん達が言うには、ここは聖王国らしい。私が旧王国であれ帝国であれ、この世界の他国の国民であったならばそのまま他国の役人か誰かに引き渡して終わりだろう。
だが、名も無き島はどこの国にも属さないとアティさんに聞いた。いや、属さないどころか、地図にも載っていないらしいと。
馬鹿正直に島の出身である事を国の役人に告げては、島の皆に迷惑が掛かる事必須だろう。そのまま兵士を引き連れ、領土として編入しに来るかもしれないのだから。
もし他国人だと嘘を吐いて他国の役人に引き渡された所で、向こうの国で身元を訊ねられたり戸籍を調べられたりしたら、知人も居らず土地勘も無い私は答えられないから詰む。
聖王国国民だと偽るのはもっとダメだ。お金も無いのに留まれないし、バレた時に無駄に勘ぐられる。スパイ扱いされる可能性はものすごく高い。
結論としては、野盗の仲間と見做された場合、牢屋入りなら良い方で、最悪の場合は物理的に処分されてしまう可能性すらあるという事だ。
人権? 存在はするのでしょうけれど、恐らく国民どころか他国人でもないはぐれには関係のないモノですよ。シルターン人のようにコニュニティが出来る程度に存在するなら、また違ったのかもしれませんが。まぁ、出会った人の情に期待するしかありませんね。
というわけで、私としてはネスティさんの召喚獣であると認定されるか、あるいは外道召喚師の召喚獣だとしても、巻き込まれた身である事を強調して庇って貰うか、あるいは最悪でも兵士がココに到着する前に逃がして貰いたいのだ。
恐々とする私に構わず、ネスティさんは溜め息と共に地面から私を呼んだサモナイト石の欠片を拾い上げ、検分した。
「僕の持っていた石で召喚された以上、放置というわけにも行かないしな……」
「! それじゃ……」
「だが、僕らも今は旅を始めたばかりで結構入り用なんだ。懐に余裕は無い」
「…………」
バッサリキッパリと突きつけられた金欠宣言に、言葉が詰まる。
これで私にとって最善の展開は無くなったと言っていいだろう。
しかし、だからと言ってしょげている暇はない。
「ぜ、全額じゃなくても構わないんです! けど、せめてここでの滞在費や、帰りの為の旅費を貯める為の働き口の紹介とか……!」
私は必死に食い下がった。
全額は無理でも多少なら出してくれるかもしれないし、身元不詳の人間と派閥の召喚師が紹介した人間とでは、間違いなく扱いが変わるだろう。
私が知っているこの世界の知識はアティさんやヤードさんから習った事ばかりではあるが、その程度は分かる。
「ラウル師範に頼めば、多少はどうにかなるんじゃない?」
声が上がった。
ネスティさんの後ろから、小柄な少女が顔を出している。さっきお互いに軽く自己紹介をした時に聞いた名前は……確か、トリスさんと言ったか。
黒い髪をショートボブにした、活発そうな子だ。着ている服は濃い紺の大きな襟が付いていて、白い身頃も相まったそれは何だかセーラー服を彷彿とさせる。
私の故郷では中高生が着る学校の制服によく見られるものだけれど、ネスティさんと共通する装飾も付いているし、彼女の年格好からするともしかして派閥の制服か何かなのかもしれない。
「私の居た部屋、まだ空いてるでしょ? 師範なら事情を話せば数日くらい滞在する許可出してくれるだろうし、とりあえずはそこを仮宿にして貰って、どこか落ち着く部屋を改めて探せば良いと思うんだけど」
トリスさんの言葉に、ネスティさんは顎に手を当てて少しだけ考え込んだ。
「……召喚獣とはいえ、人間だ。それも、僕が召喚主であるとしてもすぐに離れていく、部外者に近い存在だろう。そんな付き合いの浅い、召喚師でもない人間を、派閥の敷地にホイホイ入れるわけにはいかないだろう。それに……」
「それに、何よ?」
「野盗達はもう兵士に預けたとはいえ、こちらから討伐の報告をする必要もある。もしかすると旅の再出発は明日になるかもしれない。そうなると、お前やバルレルの今夜の宿はどうするんだ?」
「いや、まあ、確かに私の部屋は狭いかもしれないけど、でもただ寝るくらいなら三人くらいどうにか……」
トリスさんは段々俯いて、ゴニョゴニョとそれでも私を庇ってくれる。
その優しさは嬉しいのだけれども、正直あまり役に立っては居ないだろう。
ネスティさんが私を拒否する理由として重きを置いているのは、トリスさんの部屋の事ではなく、派閥内部への部外者の立ち入りだろうから。
ああでも一つだけ、教えて置かなければ面倒になりそうな事は訂正しておくべきだろう。
「……一応、召喚師ではあります」
「え?」
私の言葉に、パッと顔を上げるトリスさん。
驚きも顕なその顔に少しクスリと来る。
「どこかに所属しているわけでは無いのですが、住んで居た所に元帝国軍の人とか、元派閥所属の人とかが居まして……護身の為にと、彼らに師事してた事があるので。誓約はあまり得意では無いのですが、低位の召喚術ならひと通り使えます」
名も無き島には軍など無い。
だが昔、帝国軍の部隊や無色の派閥という集団に襲撃された事があるそうで、若い島民はある程度戦う手段を持っておくべきだと言われ、私も色々と習ったのだ。
その時に召喚術の全属性に適正がある事が判明した。ゲンジお爺さんも適正だけなら全属性持っているらしいから、名も無き世界から来た人間は皆そうなのかもしれない。
「……ちなみに、どの程度使えるんだ? 属性は?」
「ええと……、ユニット召喚獣が呼び出せる程度、全属性、でしょうか?」
高位の召喚術はまだ無理だけれど、数は力だという事で、いざという時に島の仲間をどうにか召喚出来る程度には仕込まれた。結構スパルタだったように思う。
とはいえ、釣りに出かけた帰りだったから、契約したサモナイト石の殆どは今は持っていない。持っているのはシャインセイバーと反魔の水晶、それに釣りに行く道すがら拾った未契約の石が幾つかだけだ。
あの島にはサモナイト石が結構あちこちに転がっているが、見つけたら回収するのが暗黙の了解となっている。
召喚師の適正がある人が触ると暴発する危険があるらしいので、何もしらない島の子供達が拾わない為にもそうした方が良いと、アティさん達からも言われていた。
「……全属性?」
ネスティさんが変な顔をした。その隣から顔をだすトリスさんも、ぽかんとしている。
あれ?
「おかしいですか? 故郷には師も含めて何人か居たんですけど……」
同郷のゲンジお爺さんは勿論、アティさんも魔剣の力で後天的とはいえ全属性に適正がある。
ウィルさんも全属性使えるようになろうと最近頑張っているらしいし、ヤードさんが鍛えれば複数の属性を扱えるようになると言っていたから、多いとまではいかずともそれほど珍しいものでは無いと思っていたのだけれど。
「いや……まあ、珍しいが、聞かないわけじゃない。ただ、この国では少し特別な意味があるというだけだ」
「……あー……」
そういえば、聖王国の王家は全属性を自在に扱い、結界を張って異界からこの世界を守ったと言うエルゴの王の末裔だという話でしたっけ。
とはいえ、現在ではその異能も殆ど残っていないとも聞いたけれど。
「それにしても、何人も居るのか……一体どういう所から来たんだ……」
ブツブツと独り言を呟くネスティさん。聞こえてくる疑問に、自分から答えるつもりは勿論無かった。
青の派閥は無色に比べればそれほど悪い組織ではないとヤードさんに聞いたけれど、だからと言って迂闊な事は言えない。向こうも別に答えを期待してはいないだろうから、聞こえない振りでスルーする。まあ迂闊な事については、既にかなり言ってしまった気もするけれども。
「まあ……その、他の世界から来た人間の血が混じってると、そうなる事が多いと聞きましたから、ご先祖様にそういう人が居たんだと思いますよ、偶然」
誤魔化すように言って「それより」と話題を変える。
「召喚師とはいえ、派閥に属していない身では、結局の所部外者である事は変わりないですし、トリスさんの今夜の寝床を奪うわけにも行きません。
だから、ネスティさん達にお金が無いなら、そのラウル師範という方に宿代を借りる事は出来ないのでしょうか?
あるいは、その方の権限で私の派閥本部への出入りを許可して貰った上で、一室を借りるとか。
一定期間分の宿賃貰えればその間に働き口を見つけて資金を作れますし、そしたら後は自分で宿賃稼ぎますし」
どうせ戻るのだから、その時に聞いてみて、ダメならまた違う方法を考えればいい。
半分問題の先送りだが、ここで留まって言い合いをし続けるよりは建設的だ。
私の提案に、ネスティさんは難しい顔をしながらも「仕方がない……か」とどうにか同意してくれた。
そうと決まれば後は早い。私は手早くヤッファさんに貰った野菜や果物の中から傷みやすいものだけ残して他は釣り道具と一緒にショルダーバッグに押しこみ、魚の入った魚籠とナウバの実など柔らかいものだけを手提げ袋に詰めなおした。
こんな状況ではあるが、いやむしろこんな状況だからこそ、捨てるなんて勿体無い事は出来ない。
今現在の状態を考えれば、一食分でも多く節約せねばなるまい。
「ね、ねえリオさん、それ担いで街まで行く気?」
巫女服によく似た格好をした女性――ケイナさんの質問に、私はコクリと頷いた。
「勿論です。ついでに食べられそうな野草とか薬草も、道中見つけたら摘んで行く予定です」
だって無一文ですから。
「…………」
さすがに皆ちょっと引いたようだ。
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