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ごった煮
気が向いた時に更新する箸休め的SS放り込みBlog。 二次は腐ってたりアンチしてたりもするので注意されたし。
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2013/05/29 (Wed) 16:35
「……何て読むんだろう、コレ」

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 とっぷりと暮れた夜、先程の荒地より緑の増えてきた平原。そこを走る馬車の中で、現金の入った袋を覗きこんだリンは月明かりに照らされた貨幣や紙幣を確認し、そこに刻まれた文字が見たことの無いモノである事に再び呆然としていた。
 入っている金額は五万らしいが、数字すらも違うものが使われているので分からない。同じ記号が高い頻度で二つ三つ連続して並んでいるので、それが零だろうというのは予想出来るが。
 だが言われた金額を信じるならば、金のエンブレムの売却金としては、乗車賃や荷物代を足さずとも自分の把握している価格帯から大きく外れている。それも多すぎる方向に。
 世界共通貨幣の筈のポッチは、いつの間にか数十倍のインフレを起こしていたのだろうか。

「いや、無いな」

 単純にインフレを起こしたにしても、御者の男の自然な動作や計算の速さからしてそれはかなり昔の事になる。しかしリンはつい昨日も、自分の知っている相場で買い物をしたばかりだ。
 大体、インフレに伴って新貨幣を鋳造したにしても、使う字まで変える必要は無いだろう。
 首を傾げた所で、あれ、と更に不思議な事に気付いた。

「…………そういえば、言葉が通じてる」

 言葉が通じるという事は、旧アロニア王国領と考えられる。
 それならば、トランとその周辺国という事であり、インフレが起きていれば把握出来ている筈だ。
 それが出来ていなかったというならば、旧王国領では無い筈。そしてハルモニア語を一部なり使っていたならばハルモニア周辺ではある筈だ。ならばココはトランからは遠方、つまりグラスランドやゼクセンの辺りであると考えられる。
 しかし、それならば今度は言葉が通じるのがおかしい。

(考えろ、リン・マクドール。何か見落として無いか……)

 下手をすると西方―――ゼアラント大陸の可能性もある。確かハルモニアが行った真の紋章狩りの遠征の影響もあって、あの辺りでもハルモニア語が使われていた筈なので、もしかするとその辺りかもしれない。
 御者の言葉を思い返してみる。

『何処って……ケセドニアの北だよ』

 これは別に可笑しくない。リンの知っている地理は所詮トラン共和国とその周辺地域にしか過ぎない。聞いたことの無い地名などいくらでも存在する。

『マルクトだよ。首都まで行くんだ』

 これだって別に……、と考えた所で、しかし何かに違和感を覚えた。

「口の動きが、聞こえる言葉と違った……?」

 今思えばマルクト、はそのままだったが、その後の言葉が唇の動きと連動していなかったように思う。
 ―――閃くものがあった。

「……翻訳されてる?」

 互いの耳に届くまでに、何らかの現象によって互いの言葉が訳されているのではないか。
 リンは顎に手を当てた。
 都合が良いと言えばそれまでだが、しかしそんな都合の良い事が起きる理由、起きなければならない理由が分からない。
 分からない事はとりあえず横に置いておく事にして、しかし翻訳されているという事はつまり。

「…………もしかして、『マルクト』は同じ響きの別の言語の単語?」

 マルクトというのは、もしかして地名か何かだったりするのかもしれない。リンの知識に対応する単語が無い、あるいは固有名詞だから、そのままの発音で聞こえただけで。
 だとすると、ハルモニアの近隣国であるという予想自体が間違いだ。

「………………まいったな」

 頭を抱える。
 知っている場所に関連すると思ったから乗ったというのに、それが全くの勘違いかもしれないなど。
 まあもし馬車に乗る前に気付いたとて、無一文で荒野に放り出された以上、結局は乗るしか無かっただろうが。

「せめて、違う大陸で無い事を祈るか……」

 どうにかしてトランまで帰りたい。出来るだけ近い場所に飛ばされたのだと思っておきたかった。
 そう溜め息を吐いた所で、ガタン! という音と共に御者の「うおっ」という驚きの声がして、馬車が一度大きく跳ねる。一瞬の浮遊感の後、今度は逆に斜めに深く沈み込んでガリガリガリ……、と小刻みの振動と一緒に何かが擦れる音が続く。そのまま馬車は急激に速度を落とし、ついには停止した。
 一体何が、と唐突な連打を食らった尻の痛みを宥めるべく撫でさすりながら、ゆっくりと立ち上がって窓から顔を出す。

「すいません、何かあったんですか?」
「ああ……車輪がデカイ石を踏んだらしくてね、そのまま片輪が外れちまったんだ……」

 やれやれと溜め息を吐き、男は御者台から降りて転がって行った車輪を拾いに行った。
 修理するなら中に居ては邪魔だろうと、リンも馬車の外に出る。
 馬車は物思いに耽っている間に随分と進んでいたらしく、周囲は乗り込んだ場所とは全く違う光景となっていた。
 緑は随分と深くなり、近くに川でもあるのだろう、どこから水の流れる音もする。暗い視界ではハッキリとは見えないが、木々の奥には断崖らしき岩場が見えた。しっとりとした空気が心地良い。
 どうやらここは渓谷の麓のようだった。恐らく乗る時に言っていたタタル渓谷という場所だろうと見当をつけ、リンは馬車の後ろに回って荷台の隅に飼葉の束と一緒に引っ掛けられていた桶を外す。
 暫くここで修理の為に足止めを食らうだろうから、馬車を引く馬に水でも汲んで来てやろうと思ったのだ。
 車輪は結構遠くまで転がったらしい。少しばかり離れた所に居る御者の男に、リンは大きな声で呼びかけた。

「おじさーん! 僕、ちょっとそこの沢で水を汲んで来ますねー!」
「おう! もう暗いから魔物と足元に気をつけろよー!」

 同じくらい大きな声で帰ってきた返事を背に、リンは愛用の棍と桶を掴んで水音のする方へと向かう。
 程なくして、膝程の深さだろう小さな沢に行き当たった。

「よっ、と」

 傍まで行って桶を傾ける。
 月明かりではあまりしっかり確認出来ないが、見る限りではそれほど濁ってはいないようだ。源流に近いのだろう。
 ザバリ、と水を汲み上げたところで、しかしリンの耳は妙な音を拾った。

 ブルルル……ッ

 殺気の篭った荒々しい息遣いと共に、ガサリと茂みを揺らす音。
 視線を走らせれば、そこには大の大人とそう変わらない大きさのイノシシ。
 鼻息も荒くこちらに向かって来ようとするソレに、リンは咄嗟に手に持つ桶を投げつけた。
 バシャン! と頭から水を被ったイノシシは突進のスピードこそそう変わらないものの、視界が遮られた為かややその進路を曲げる。
 リンはイノシシの突進を横に飛ぶ事で避け、そのまま空になった桶を後で回収する為に何処に転がったか横目で確認しつつ、両手でしっかりと棍を掴み直してイノシシに向き直った。
 イノシシの方はまだ突進の反動を殺しきれずこちらに方向転換できぬまま、リンに無防備な横腹を晒している。それを見逃す程、リンは甘くも無ければ実戦慣れしていない訳でも無かった。気合と共に、狙いすました石突の一撃をその比較的柔らかい下腹へと突き込む。
 思いのほか深く肉の中へと沈んだそれが余程効いたらしい。イノシシは「ブゴッ」と小さなうめき声を一つ上げ、そのまま横に倒れた。
 リンは身構えつつ暫く様子を伺う。が、ピクピクと痙攣してはいるが起き上がらないあたり、気絶したらしい。自分一人で倒せる程度の強さだった事に安堵の息を吐き、リンはイノシシの頭蓋を殴ってトドメを刺した。

「……今日の夕飯はコレで決まりかな」

 今晩は御者の男の食料を分けてもらう事になるだろうから、食べるものが増えるのは有難い。
 そのまま、持っていたナイフで血抜きの為に手早く動脈を切り裂く。ピチッ、と僅かに血飛沫がリンの顔と服に飛んだ。
 暫くして、血抜きや内蔵の処理を粗方済ませたリンは沢で血を落とそうと水辺に寄って屈み込み、そこで少しばかり眉を寄せた。
 スボンに血が少し飛んだと思ったのだが、何処にもそれらしき染みが無い。
 何かが当たった感覚がしたし、濃い色の染みが出来たのも見た筈なのだが。
 
「……気のせい……?」

 もしかしたら、虫か何かが留まっていただけなのかもしれない。何しろ今は視界の利かない夜で、此処は月明かりしか光源のない薄暗い屋外だ。夜目が割りと利く方であるリンでも、見間違いはあるだろう。事態が事態であるから、自覚は無くとも気が動転していたり体調に影響しているのかもしれないわけであるし。
 リンはそう結論づけて再び水を汲み直し、余計な部分が無くなって幾らか嵩の減った獲物と共に馬車へと戻った。

「うわっ!? これまたデカイのを……」

 イノシシを引き摺って戻ったリンに、男は大層驚いた顔を見せた。

「沢で襲われまして。今日の夕飯に使えませんか?」

 苦笑と共に訊けば、男は顎に手を当ててうーんと小さく唸る。

「絞めたばっかりならまだ柔らかいだろうが、二人じゃこんなには食えないだろう。足一本分だけ焼いて、残りは干し肉にしちまおうか」



 パチパチと音を立てて燃える焚き火に、皮を剥いで簡単な下ごしらえをした肉を御者の私物だという金串に刺して突っ込む。ジュワジュワと油を滲み落としながらゆっくりと表面の色を変えていく肉を、リンは注意深く見つめた。
 火加減と距離は大事だ。表面だけが黒くて中に火が通って無い肉なんて、余程丁寧に育てられた家畜のそれでないと固くて食べられたものではない。
 昔、解放軍の人員が少なかった頃に自分の従者であるグレミオを連れないパーティを組んで野宿をした時、狩ったイノシシをそんな風に焼きあげてしまい、食べた皆で悶絶した覚えがある。いや、悶絶したのは誰かが香草と間違えて苦い雑草を肉に擦り込んだのも理由ではあるのだが。
 ともかく、赤月帝国貴族の生まれでかつ料理上手なグレミオの料理で育ったリンは味には結構うるさい。
 解放軍時代に贅沢なんて言えない生活をしたし、貴族として外交の場で何か出された時の為に食べられるモノなら不味くとも笑顔で完食出来るよう鍛錬も受けていたから、どんな味のモノであっても食べられる。しかし、食べられると美味しいの間には越えられない壁が存在するのである。
 そうしてリンが食事の用意をしている間に、御者の男はどこかに仕舞ってあったらしい工具を使ってテキパキと車輪をはめ直してしまった。車軸に異常が無かったのは幸いと言えるだろう。もしも折れたりなぞしていた日には、こんな短時間ではどうにもならない。
 ひと仕事を終えた男はやれやれと背筋を伸ばし、焚き火の近くにある岩を椅子代わりにして座り込んだ。リンは軽く愛想笑いを浮かべ、焼きあがったばかりの肉を「どうぞ」と渡した。

「ああ、ありがとう。……これでどうにか進めそうだよ」
「それは良かった」
「うん。食べ終わったら出発しようか。……それにしても坊主、お前さん結構強いんだなぁ……」

 道中で魔物が出た時は頼んで良いか? と軽口を叩く男に、リンは護衛代を貰えるならね、と笑って返す。
 イノシシを倒してきた事で意外に強い事が分かったのだろう。男は大分とリンへの印象を良くしたらしい。

「これでも結構場数を踏んでいるもので」
「その年で? 見たところ一人旅のようだし、色々と苦労してそうだなぁ……ホド戦争の戦災孤児かい?」

 また知らない単語が出た。
 ホド、というのは恐らく地名か何かだろう。
 実際の年齢はともかくリンの見た目はおおよそ十代半ばに見える筈であるので、そのくらいの孤児が居ても可笑しくない程度に最近起こった戦争と考えられる。

「……戦争で、父を亡くしまして。母は僕を生んだ時に亡くなりましたし」

 リンは無難にそう返した。
 嘘は言っていない。
 どの戦争でとは言っていないし、実際、門の紋章戦争において父を自分の手で討って殺したのだから。

「そうか……」

 思惑通り、男は色々と勝手に脳内で事情を補完してくれたらしい。それ以上は聞いてはいけないだろうと勝手に口を噤んでくれた。
 そのまま暫く互いに無言のまま、食事を片づける。

「さて……そろそろ行く――前に、ちょっと俺たち用の水を汲みに行って来るか。坊主、火の始末を任せて良いかい?」
「ああはい、大丈夫です。お気をつけて」

 さっきの事は気にするな、とばかりに明るく返したリンの言葉を背に、男は飲み水用の革袋を掴んで先程リンが行った沢へと向かい――――暫くして二人の見知らぬ男女を伴って戻ってきた。


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