2013/05/29 (Wed) 14:59
******* 01:死の舞踏
黒死病がドニの町で猛威を振るったのは、自分が子供の頃だった。
ネズミを介して広がるこの病は、掛かると肌が黒くなることもあり、患者のその姿の異様さが一層病への恐怖を煽った。
オレの住んでいた屋敷の一部や、マイエラ修道院も旧舎の方を一時的に病院として機能させることになり、修道士達は連日病と闘いながら快癒の呪文を唱え続けた。
それでも病人は引きもきらず、しまいには病人の集まる屋敷や旧修道院自体が感染源となり、それでもどうにか病が鎮まった頃、これ以上の感染拡大を防ぐ為に旧修道院は浄化の為に焼かれ、その地下は閉鎖された。
当事のその様子をオレはあまり覚えていない。
ただ、屋敷の中が始終バタバタしていて、親父や、親父の看病をしていた御袋が寝台から出てこなくなったことは記憶している。
そしてその病によって両親を含む沢山の人たちが亡くなり。
オレの家が持っていた土地や調度品は親父がギャンブルで作った借金のカタに取られ、残った物も子供のオレには維持出来ないこともあり、屋敷は旧修道院と同じく感染防止も兼ねて壊され、焼かれた。
そうして頼るところの無くなったオレは、マイエラ修道院へと身を寄せることになり。
以降、ドニの町は良い意味でも悪い意味でも何も起こらず、少しづつ寂れながらも、平穏の中を復興していった。
だから、その光景には驚きを隠せなかった。
「シーツが足りないの」
「発注した薬はドコに置いた」
「北の棟の手が足りないわ、誰か一緒に来て頂戴」
「金物屋の親父もやられたらしい」
「誰か、この食事向こうに届けて」
豪奢な廊下。
ホールの天井で輝くシャンデリア。
行き交うメイド達。
そして、壁際に寄りかかって呻く、沢山の人間。
その殆どが、異様な程黒い肌。
黒死病だ。
マイエラではとうの昔に収まった病が、ここには蔓延している。
何故こんな場所に自分が居るのか分からなかったが、すぐ傍で苦しむ男を見て、何もしないわけにもいかないと思い、歩み寄ってキアリーを唱える。
後ろで誰かの声が聞こえた。
「坊ちゃま、触れてはいけません!」
誰に言っているのかは知らないが、冷たい人間も居たものだ。
その坊ちゃまとやらが大事なのだろうが、せめてもう少し柔らかい言い方をすれば良いのに。
そう思いながら呪文を唱え終わり、病人に手をかざす。
浄化の力は正しく揮われ、光と共に男の肌がほぼ元の色に戻った。
毒ならばこれで全て治るのだろうが、病は生きた魔物が身体に宿っているようなものだ。
不死者でもない魔物に、治療の魔法が効くわけもない。
身体の穢れが祓われても、病自体が治るわけでは無かった。
後は投薬と、患者の体力がものを言う。
それでも見違える程良くなった男の様子に、周囲がどよりと驚き、さざめいた。
しかし、オレはそんな周りの様子など、全く頭に入らなかった。
翳した自分の手から、目が離せない。
20を迎えようとしていた筈の骨ばった自分の手は、小さな小さな子供の手になっていた。
「…………え……?」
なんだこれは。
よくよく自分の身体を見てみれば、その体躯は幼児のそれとなんら変わり無い。
身に着けていた法衣や装身具も、無くなっている。
頭が軽く感じることで、首の後ろで纏めていた長い髪も無いことに気付く。
何より目線が酷く低い。
動揺しているところに、後ろから誰かが自分の肩を掴んだ。
「坊ちゃま……!」
振り向くと、使用人らしい服装の青年が、驚愕を顔にありありと示していた。
「一体どこで魔法を覚えたのですか!?」
「……え?」
その言葉に、色々な疑問が浮かぶ。
騎士団員であり修道士でもあった自分が魔法を使えないわけがないのに、とか。
坊ちゃまというのはもしかして自分のことなのか、とか。
何故自分をそう呼ぶのか、とか。
そう訊こうとして、気が付いた。
この建物が、記憶の端に引っ掛かることに。
乾いた光が差し込む、廊下の一面に張られた窓。
柱の造詣。
ホールの端に据え付けられた、二階への階段のカーブ。
それらの記憶を辿るならば。
「……なあ……」
呆然と、ククールは使用人に尋ねた。
「? ……なんですか、ククール坊ちゃま?」
「ここ、俺の家……?」
半ば呟くように告げた問いに、男は当然のように言った。
「勿論ですとも。何故、そんなことをお聞きになるのですか?」
黒死病がドニの町で猛威を振るったのは、自分が子供の頃だった。
ネズミを介して広がるこの病は、掛かると肌が黒くなることもあり、患者のその姿の異様さが一層病への恐怖を煽った。
オレの住んでいた屋敷の一部や、マイエラ修道院も旧舎の方を一時的に病院として機能させることになり、修道士達は連日病と闘いながら快癒の呪文を唱え続けた。
それでも病人は引きもきらず、しまいには病人の集まる屋敷や旧修道院自体が感染源となり、それでもどうにか病が鎮まった頃、これ以上の感染拡大を防ぐ為に旧修道院は浄化の為に焼かれ、その地下は閉鎖された。
当事のその様子をオレはあまり覚えていない。
ただ、屋敷の中が始終バタバタしていて、親父や、親父の看病をしていた御袋が寝台から出てこなくなったことは記憶している。
そしてその病によって両親を含む沢山の人たちが亡くなり。
オレの家が持っていた土地や調度品は親父がギャンブルで作った借金のカタに取られ、残った物も子供のオレには維持出来ないこともあり、屋敷は旧修道院と同じく感染防止も兼ねて壊され、焼かれた。
そうして頼るところの無くなったオレは、マイエラ修道院へと身を寄せることになり。
以降、ドニの町は良い意味でも悪い意味でも何も起こらず、少しづつ寂れながらも、平穏の中を復興していった。
だから、その光景には驚きを隠せなかった。
「シーツが足りないの」
「発注した薬はドコに置いた」
「北の棟の手が足りないわ、誰か一緒に来て頂戴」
「金物屋の親父もやられたらしい」
「誰か、この食事向こうに届けて」
豪奢な廊下。
ホールの天井で輝くシャンデリア。
行き交うメイド達。
そして、壁際に寄りかかって呻く、沢山の人間。
その殆どが、異様な程黒い肌。
黒死病だ。
マイエラではとうの昔に収まった病が、ここには蔓延している。
何故こんな場所に自分が居るのか分からなかったが、すぐ傍で苦しむ男を見て、何もしないわけにもいかないと思い、歩み寄ってキアリーを唱える。
後ろで誰かの声が聞こえた。
「坊ちゃま、触れてはいけません!」
誰に言っているのかは知らないが、冷たい人間も居たものだ。
その坊ちゃまとやらが大事なのだろうが、せめてもう少し柔らかい言い方をすれば良いのに。
そう思いながら呪文を唱え終わり、病人に手をかざす。
浄化の力は正しく揮われ、光と共に男の肌がほぼ元の色に戻った。
毒ならばこれで全て治るのだろうが、病は生きた魔物が身体に宿っているようなものだ。
不死者でもない魔物に、治療の魔法が効くわけもない。
身体の穢れが祓われても、病自体が治るわけでは無かった。
後は投薬と、患者の体力がものを言う。
それでも見違える程良くなった男の様子に、周囲がどよりと驚き、さざめいた。
しかし、オレはそんな周りの様子など、全く頭に入らなかった。
翳した自分の手から、目が離せない。
20を迎えようとしていた筈の骨ばった自分の手は、小さな小さな子供の手になっていた。
「…………え……?」
なんだこれは。
よくよく自分の身体を見てみれば、その体躯は幼児のそれとなんら変わり無い。
身に着けていた法衣や装身具も、無くなっている。
頭が軽く感じることで、首の後ろで纏めていた長い髪も無いことに気付く。
何より目線が酷く低い。
動揺しているところに、後ろから誰かが自分の肩を掴んだ。
「坊ちゃま……!」
振り向くと、使用人らしい服装の青年が、驚愕を顔にありありと示していた。
「一体どこで魔法を覚えたのですか!?」
「……え?」
その言葉に、色々な疑問が浮かぶ。
騎士団員であり修道士でもあった自分が魔法を使えないわけがないのに、とか。
坊ちゃまというのはもしかして自分のことなのか、とか。
何故自分をそう呼ぶのか、とか。
そう訊こうとして、気が付いた。
この建物が、記憶の端に引っ掛かることに。
乾いた光が差し込む、廊下の一面に張られた窓。
柱の造詣。
ホールの端に据え付けられた、二階への階段のカーブ。
それらの記憶を辿るならば。
「……なあ……」
呆然と、ククールは使用人に尋ねた。
「? ……なんですか、ククール坊ちゃま?」
「ここ、俺の家……?」
半ば呟くように告げた問いに、男は当然のように言った。
「勿論ですとも。何故、そんなことをお聞きになるのですか?」
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斎里彩子
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