2013/05/29 (Wed) 15:00
ドニを襲った病は、急速に治まっていった。
その理由は、修道院の活動と、突如現れた神童の癒しの力によるものだった。
しかし、病が殆ど鎮まっても、全ての病人や怪我をした者が居なくなるわけでは無い。
領主の館には連日その力の恩恵を受けようとする者は絶えず、遠くからも人が来るようになっていた。
少年は力の続く限り彼らを癒して回り。
そうして腕を失くす等の部位の重大な破損で無い限り、子供の力によって患者はほぼその症状を和らげられ。
その頃には、少年の力の強さを疑う者は居なくなっていた。
******* 02:道化の円舞
マルチェロはマイエラ騎士団の副団長の補佐をしている少年である。
身寄りを無くして修道院に身を寄せるようになってから数年。
自身の努力と能力が認められ、未だ年若い身でありながら、今の地位へとなった。
修道院やその上の教会では、出自が自身の地位を左右する。
そんな中、孤児であるにもかかわらず今の立場にあることは、院長のオディロの公正さを持ってしても、かなり異例の事であった。
故に妬む者も多いが、低い身分の者からの期待を受けるという形で、彼らを遥かに凌ぐ信望者が居た。
実力があっても今の教会では平民は上に昇れない。
その常識を覆せるかもしれない人間、それがマルチェロだった。
マルチェロはそのとき、丁度夕食を摂り終えて、教会の方へと信者達の様子を見に行こうと、夕日に照らされた廊下を歩いていた。
中庭の噴水の縁に座って足を休める信者達を見て、その敬虔な姿に頬を緩ませながら廊下に視線を戻す。
そうして、廊下の屋根を支える柱によりかかる子供を見つけ、一瞬足を止めたのだ。
銀の髪の、丹精な顔立ちをした少年だった。
どことなく憂鬱そうな表情で、柱に凭れながらじっと足元を見ている。
身なりはかなり良いもののようだから、恐らくはそれなりの家の息子なのだろう。
親でも待っているのだろうと検討を付け、歩み寄る。
どうせ夜のミサまでは自由時間で暇なのだ、偶には院生以外の子供とも話してみようと思ったのだ。
「こんにちは」
「…………え……!?」
マルチェロが軽く屈み、目線を合わせて出来るだけ優しく声を掛けた時、少年は酷く驚いた様子を見せた。
怯えるような態度に僅かに傷ついたが、子供はすぐにぎこちなく居住まいを正して挨拶を返したので、マルチェロは彼は人見知りか何かなのだろうと考える。
「お父さんやお母さんと一緒に来たのかい?」
あまり恐がらせるのも本意では無いので、軽く挨拶だけ交わして立ち去ることにしようと結論を出した。
子供がぽつぽつと呟くように答える。
「いえ……従者と、一緒に」
マルチェロは目を軽く見開いた。
驚くべきことに、少年は親の同伴無しでここへ来たらしい。
「母は、この間の病でつい先日亡くなりましたし……、……父も……同じ病気でまだ倒れたままで……」
成る程、それならば一人でも納得がいく。
「病の治療なら、領主様のところの『神童』に頼ってはどうだい?」
修道院でも治療はしているが、病が治まってきた事と、旧修道院跡が完全に取り壊された事で、病室として使える場所がかなり減ってしまった。なので、受け付ける間口は以前に比べると小さくなっている。
この子供の沈んだ様子も、親がココに入院出来ないと言われたからでは無いかとマルチェロは考えた。
それに『神童』は寄付は受け付けるが、代金は受け取らないとも聞いている。
受け取った寄付も、殆どが薬代等の経費に使われているという。
その話を聞いた時は、憎い相手の一人とはいえ、親とのあまりの違いに驚いたものだ。
まあ、金を受け取らずとも十分に食べられるからでもあるだろうが。
最も、子供の身なりを見る限りでは、代金の心配など不要であろう。
マルチェロの言葉に子供はビクリと肩を震わせ、溜め息とともに吐き出す。
「……分からないんです」
「え?」
「……父を、助けるべきなのかと、悩んでいます」
「…………」
子供の見た目を大きく裏切る大人びた話し方とその内容に少し驚きつつ、ぽつぽつと語られる言葉を、マルチェロは静かに待った。
「父の事を聞いて、良い人と言える人は居ないでしょう。金遣いが荒くて、いつも遊んでばかりで。苦労した人も沢山居ると聞きます。……憎んでいる人も」
「それは……」
「今父が死んでも、父の後を継げる人も、親戚も居ないから、きっと僕はここを頼ることになるでしょう」
「そうなのかい? まあでも、ここの暮らしも悪いものではないよ」
「でしょうね。でも、それは別にいいんです。けれど、父に雇われていた人たちが職に困るだろうし、……それに……」
「………」
「それに、父すら助けられない『神童』に、価値なんて無いだろうから」
「…………え?」
「……僕がここに来たのは、僕の兄がここに居るからです」
「…………!」
その言葉で、気づく。
子供の艶やかな銀の髪に良く似た髪をした女を、自分は知ってはいなかったか。
その女が死んだと、つい最近耳にしなかったか。
病が流行ったのはこの修道院の近辺の土地であり、その範囲でこの年代の子供の居る、裕福な家庭といえば、とても限られるのではないか。
「兄に訊きたかったからです。……母親と一緒に家から自分を追い出した父を、助けて良いか、このまま死なせるべきか」
背中を、嫌な汗が伝う。
「そして父が亡くなった後そのままドニの管理を教会に任せるか、それとも……」
「……ま、さか」
乾いた喉が、言葉を紡ぐ。
「それとも、父が死んだ後を継いで、兄がドニの領主となるかを。
……どうしますか、マルチェロ兄さん」
「ククー、ル……?」
マルチェロはマイエラ騎士団の副団長の補佐をしている少年である。
身寄りを無くして修道院に身を寄せるようになってから数年。
自身の努力と能力が認められ、未だ年若い身でありながら、今の地位へとなった。
修道院やその上の教会では、出自が自身の地位を左右する。
そんな中、孤児であるにもかかわらず今の立場にあることは、院長のオディロの公正さを持ってしても、かなり異例の事であった。
故に妬む者も多いが、低い身分の者からの期待を受けるという形で、彼らを遥かに凌ぐ信望者が居た。
実力があっても今の教会では平民は上に昇れない。
その常識を覆せるかもしれない人間、それがマルチェロだった。
マルチェロはそのとき、丁度夕食を摂り終えて、教会の方へと信者達の様子を見に行こうと、夕日に照らされた廊下を歩いていた。
中庭の噴水の縁に座って足を休める信者達を見て、その敬虔な姿に頬を緩ませながら廊下に視線を戻す。
そうして、廊下の屋根を支える柱によりかかる子供を見つけ、一瞬足を止めたのだ。
銀の髪の、丹精な顔立ちをした少年だった。
どことなく憂鬱そうな表情で、柱に凭れながらじっと足元を見ている。
身なりはかなり良いもののようだから、恐らくはそれなりの家の息子なのだろう。
親でも待っているのだろうと検討を付け、歩み寄る。
どうせ夜のミサまでは自由時間で暇なのだ、偶には院生以外の子供とも話してみようと思ったのだ。
「こんにちは」
「…………え……!?」
マルチェロが軽く屈み、目線を合わせて出来るだけ優しく声を掛けた時、少年は酷く驚いた様子を見せた。
怯えるような態度に僅かに傷ついたが、子供はすぐにぎこちなく居住まいを正して挨拶を返したので、マルチェロは彼は人見知りか何かなのだろうと考える。
「お父さんやお母さんと一緒に来たのかい?」
あまり恐がらせるのも本意では無いので、軽く挨拶だけ交わして立ち去ることにしようと結論を出した。
子供がぽつぽつと呟くように答える。
「いえ……従者と、一緒に」
マルチェロは目を軽く見開いた。
驚くべきことに、少年は親の同伴無しでここへ来たらしい。
「母は、この間の病でつい先日亡くなりましたし……、……父も……同じ病気でまだ倒れたままで……」
成る程、それならば一人でも納得がいく。
「病の治療なら、領主様のところの『神童』に頼ってはどうだい?」
修道院でも治療はしているが、病が治まってきた事と、旧修道院跡が完全に取り壊された事で、病室として使える場所がかなり減ってしまった。なので、受け付ける間口は以前に比べると小さくなっている。
この子供の沈んだ様子も、親がココに入院出来ないと言われたからでは無いかとマルチェロは考えた。
それに『神童』は寄付は受け付けるが、代金は受け取らないとも聞いている。
受け取った寄付も、殆どが薬代等の経費に使われているという。
その話を聞いた時は、憎い相手の一人とはいえ、親とのあまりの違いに驚いたものだ。
まあ、金を受け取らずとも十分に食べられるからでもあるだろうが。
最も、子供の身なりを見る限りでは、代金の心配など不要であろう。
マルチェロの言葉に子供はビクリと肩を震わせ、溜め息とともに吐き出す。
「……分からないんです」
「え?」
「……父を、助けるべきなのかと、悩んでいます」
「…………」
子供の見た目を大きく裏切る大人びた話し方とその内容に少し驚きつつ、ぽつぽつと語られる言葉を、マルチェロは静かに待った。
「父の事を聞いて、良い人と言える人は居ないでしょう。金遣いが荒くて、いつも遊んでばかりで。苦労した人も沢山居ると聞きます。……憎んでいる人も」
「それは……」
「今父が死んでも、父の後を継げる人も、親戚も居ないから、きっと僕はここを頼ることになるでしょう」
「そうなのかい? まあでも、ここの暮らしも悪いものではないよ」
「でしょうね。でも、それは別にいいんです。けれど、父に雇われていた人たちが職に困るだろうし、……それに……」
「………」
「それに、父すら助けられない『神童』に、価値なんて無いだろうから」
「…………え?」
「……僕がここに来たのは、僕の兄がここに居るからです」
「…………!」
その言葉で、気づく。
子供の艶やかな銀の髪に良く似た髪をした女を、自分は知ってはいなかったか。
その女が死んだと、つい最近耳にしなかったか。
病が流行ったのはこの修道院の近辺の土地であり、その範囲でこの年代の子供の居る、裕福な家庭といえば、とても限られるのではないか。
「兄に訊きたかったからです。……母親と一緒に家から自分を追い出した父を、助けて良いか、このまま死なせるべきか」
背中を、嫌な汗が伝う。
「そして父が亡くなった後そのままドニの管理を教会に任せるか、それとも……」
「……ま、さか」
乾いた喉が、言葉を紡ぐ。
「それとも、父が死んだ後を継いで、兄がドニの領主となるかを。
……どうしますか、マルチェロ兄さん」
「ククー、ル……?」
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