2013/05/29 (Wed) 15:02
これで良かったのだろうか。
今でも時々、悩む事がある。
けれども、彼に選ばせるのが、自分が彼に出来る唯一の、復讐の機会を与える方法だった。
そして、自分が選択から逃げる為の、唯一の方法でもあったのだ。
******* 03:変調の為の間奏
ククールはマイエラ修道院に、修道士として身を置いていた。
父は亡くなり、屋敷やその調度品は父の借金のカタとして売却され、使用人達は解雇された。
父の死は、連日の訪問者の治癒の為に身内を後回しにせざるを得なかったのだろうと周囲は勝手に解釈し、同情を貰えた。父はどちらかというと嫌われていた人間だったので、あるいはそう飾り立てた言葉を連ねた裏では、よくぞ見捨ててくれたと思われているのかもしれないが。
ククールの能力を欲する人が幾らか養子縁組を申し出たが、その能力は教会にて万人の為に振るわれるのが一番人々の為であるとの修道院長オディロの弁の前では、力を持たなかった。
ドニの領地は、ククールが身を寄せた事もあり、マイエラ修道院が預かる形となった。
幼年期で異常な能力を発揮した者は、大人になるにつれてその力を失う事も多いという例もある。
よって、いずれククールが成人した時に、その能力や意思を確かめてから、再び処分を決めるという扱いとなった。
そうして、過去の実績と称号によって、ククールは騎士団の為の場所と言って過言ではないマイエラ修道院において、騎士と同等か、それ以上の扱いを受けていた。
再び、騎士として身を置こうかとも考えた。
けれども、どうやら『持ってきた』のは精神だけだったらしく、そもそも子供の身体である事もあり、剣技や弓技を使おうとしても体が付いていかない。
ドルマゲスと戦うことになる可能性がある以上、体力作りはするにしても、『癒しの神童』という鳴り物入りで入ってきたならば、呪文を扱う修道士としてここに居る方が良いとも考えたのだ。
ちなみに、自身の容姿による寄進の効果もあって、髪を剃る事はやんわりと止められた。
それだけはイヤだなと思っていたので、こちらとしても助かったのだが。
マルチェロと程々の距離を取ったのも良かったのかもしれない。
騎士と修道士とでは生活習慣が多少ずれていて、同じ敷地内であっても顔を合わせる機会が少ないこともあり、衝突することもなかった。
兄の方も、あまり自分に接触しようとはしてこない。
恐らくは『あの選択』が尾を引いているのだろう。
ククールも、かつてのように暇なときはギャンブルで遊ぼうかとも思っていたが、何となくやる気が起こらなかった。
それで賭博にのめり込んでいた原因に、兄からの逃避や反発心、それに関心を持って欲しいという思いがあった事に気づく。
だが、修道院を抜け出して賭け事をしようとも、叱ってくるのは兄ではなく修道士の上司であり、下手をすればオディロ院長が直々に言ってくるだろうと考えるに至り、すっかり遊ぶ気が殺がれてしまった。
そんなわけで、ドニの町に出た時に見かけてふいに買ってしまったカードは、もっぱら修道院内での遊戯や、手慰みに覚えた小手先の手品に使っていた。
同室の仲間や年下の子供と一緒にババ抜きをしたり、手品を見せたりしていたそれは周囲への気配りとして受け取られたらしく、気が付いて見ればククールはかつてとは違い、修道院の中ではそこそこの人気者となっていた。
「アスカンタのサマイラ家の方が、私に屋敷まで祈祷に来て欲しい…と?」
「うむ。わざわざお前を指名している」
「はあ……」
朝早くに、突然修道士長に呼び出されたククールは、その言葉に首を傾げた。
サマイラ家といえば、アスカンタではそこそこの地位を持つ貴族だと記憶していた。
『前』の時にも、マルチェロの命令で祈祷に行った覚えがある。
かつての自分は騎士でもあったが修道士としての勉強もしていた。
それというのも、マルチェロが貴族の寄付金目当てに、自分を彼らの屋敷に派遣していたからだ。
向かったそこで何をさせられていたかは、思い出したくも無い
とはいえ、サマイラ家の人は自分の姿を眺められれば満足する類だったらしく、何も無い、至って普通の祈祷をするだけで帰して貰えていた筈なのだが。
それに、屋敷に行く為に学ばされた事はそれなりに役立っていた。
合わせて『今』も学んでいる。
不真面目な自分でも、他人の2倍も時間を費やせば、それなりに板に付いた祈祷が出来るようになっていた。
しかし、現世では接点など無い筈、と考えた所で思い出す。
そういえば先週、そこの奥方がここに寄付をしに来ていた。
珍しく日差しが強く暑い日で、修道院の中庭にある噴水の縁に座って休む人が多かった。
自分はそこで彼女や他の女性を気遣って(正直男はどうでも良かった)、後輩達と一緒に軽い風魔法を使って涼ませ、噴水の水を石畳に撒いて打ち水をしてやったのだ。
もしかすると、その時のお礼をしたいということなのかもしれない。
その時もどこかで見た顔だと思っていたのだが、ようやく記憶と一致して何となくスッキリする。
「もしや、知り合いか何かかね?」
「先週、奥方と少し顔を合わせただけで、知り合いという程では…」
経緯を少し話し、納得を得る。
「なるほど、御礼をしたいという事なのだろうな」
「ですが、私だけにというのは…」
『前』の祈祷の知り合いとの接触は、誰とであれ正直遠慮したかった。
だが。
「他の者は子供であったから、不用意に連れ出すのは遠慮したのだろう。それに、修道院の運営の為にも、頼めないかね?」
それを言われると弱かった。
オディロ院長は孤児を引き取って、ここで育ててもいる。
だが、近隣に持つ畑では全員分を賄うには足りない。
それに建物の修繕や家畜も、寄進物では足りない。
修道院の維持にはどうしてもお金が必要なのだ。
恐らくは、屋敷までの出張祈祷という無理を通す為に、かなりの額の『寄付』を申し出られたのだろう。
この祈祷に向かう事で、修道院がどれだけ助かるか知れない。
それに院長は自分にとっても恩師である。
結局、ククールが折れるしかなかった。
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